トルコ・エフェソス(エフェス)遺跡観光完全ガイド【歴史・見どころ・アクセス・所要時間】

トルコ・エフェソス(エフェス)遺跡観光完全ガイド【歴史・見どころ・アクセス・所要時間】

こんにちは!トルコのエーゲ海沿岸を北上中、世界半周中ののぶよ(@taisuke5696)です。
(世界半周についてはこちらの記事へどうぞ。)

いくつもの有名観光スポットに恵まれたトルコ。
トルコ西部のエーゲ海沿岸〜地中海沿岸にかけては、豊かな歴史を裏付けるような古代遺跡が点在しています。

そんな数ある遺跡の頂点に君臨するのが、世界遺産のエフェソス(エフェス)遺跡(Ephesus/Efes)

ギリシャ語名の「エフェソス」がよりポピュラーなように、紀元前のヘレニズム(ギリシャ文化)時代の影響が強く感じられる遺跡です。

保存状態、見ごたえ、歴史的価値、どれをとってもトルコの遺跡で最も素晴らしいとされるエフェソス(エフェス)遺跡ですが、その歴史や見どころを知らぬまま、適当に写真だけ撮って観光を終えるのは本当にもったいない!
高めの入場料をどぶに捨てているようなものです。

今回の記事では、エフェソス(エフェス)遺跡観光の際に絶対に知っておきたい歴史と、遺跡内の見どころ、アクセス情報や観光時のアドバイスを解説していきます。

エフェソス(エフェス)遺跡観光は、これでバッチリなはず!

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目次

エフェソス(エフェス)の歴史

トルコにある古代遺跡は、場所によってどの時代・どの王朝のものなのか変わってくるものの、現在見られるのはローマ帝国時代(紀元前1世紀〜4世紀)の遺跡がほとんど。

一方のエフェソス(エフェス)遺跡に残るのは、それ以前のヘレニズム時代のものが多く、他の遺跡よりも前の時代であることが一番の特徴です。

もちろんローマ帝国時代のものやビザンツ帝国時代のものも混ざっているので、観光前に大まかな歴史の流れを知っておくことはとても大切です。

ヘレニズム時代のずっと前から存在していたエフェソス(エフェス)遺跡。
その悠久の歴史を、出来るだけ簡潔に解説していきます。

後述する遺跡内の見どころを見学する際に、より理解が深まること間違いありません。

7000年前~:エフェソス(エフェス)の始まり

エフェソス(エフェス)遺跡で人類が生活していた痕跡が認められるのは、7000年前にまで遡ります。

二つの山の麓に広がる、カイストロス川が作り上げた天然の湾は、古くから生活に適した場所として機能してきました。

エフェソス(エフェス)が最初にひらけたのは、現在の遺跡部分ではなく、セルチュク近郊のアルテミス神殿周辺において。
紀元前11世紀半ば(3000年前)には、アルテミス神殿が聖域として機能していたと考えられています。

アルテミス神殿が建設された当時のエフェソス(エフェス)はルウィアン王国の領土として発展しており、同時期にアナトリア地方中央部を支配していたヒッタイト王国の属国として存続していました。

おすすめ記事エフェソスの始まりの地・アルテーミス神殿を有するセルチュクの観光情報はこちらで解説しています。
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紀元前8世紀頃(2700年前)になると、この地を植民地化しようとギリシャからやってきたイオニア人によって、初めてギリシャ文化がもたらされることとなります。

ギリシャの都市国家風のアゴラ(公共スペース)などが整備され、現在の遺跡にもその名残を確認することができます。

その後紀元前650年には、アナトリア半島西部を支配したリディア王国のクロイソス王によってアルテーミス神殿は崩壊してしまうものの、彼は住民のアルテーミス信仰に理解を示し、「新エフェソス」として神殿の再建を進めます。

紀元前546年には東方のアケメネス朝ペルシアの領土となり、200年ほどその支配が続いたエフェソス(エフェス)。
紀元前334年にマケドニア王国のアレキサンダー大王がこの地を征服することによって再びギリシャ文化が開花し、ヘレニズム時代の幕開けとなります。

紀元前3世紀~紀元前1世紀:ヘレニズム時代

↑ギリシャ語で書かれた石碑が多く残る

マケドニア王国のアレキサンダー大王の死後、エフェソス(エフェス)では町を取り囲む9kmに及ぶ城壁の建設が始まります。

同時期に、町は港に面したロウワータウンと丘の上に位置するアッパータウンに二分され、二つの地区を結ぶクレテス通りが整備されました。

ロウワータウンは人々の生活の場としての機能を持ち、ヘレニズム風の円形劇場や商用アゴラなどが整備された一方、アッパータウンは政治の中心として整備され、政治用アゴラやプリタネウム(市庁舎)が築かれました。

人々の居住エリアはクレテス通り沿いの山の斜面に広がり、現在のテラスハウスと呼ばれる部分にその名残を見ることができます。

ヘレニズム時代は、後のローマ帝国時代のエフェソス(エフェス)の繁栄の土台となった時代。
人口は増え続け、最大で25万人が暮らした大都市となりました。

紀元前1世紀~4世紀:ローマ帝国時代

↑ローマ帝国時代には、港を通して行われた貿易によって発展したエフェソス

ヘレニズム時代が終焉を迎え、ローマ帝国の支配が始まったのは紀元前133年のこと。

当時エフェソス(エフェス)を領土としていた近郊の都市国家・ペルガモンの国王のアッタロス3世が亡くなる際、すでに西方で強大な力を持っていたローマ帝国にエフェソス(エフェス)を委ねることを遺言として残したことがきっかけです。

エフェソス(エフェス)はローマ帝国支配下でありながら、特別免税都市として指定されたものの、当初は住民によってなかなかローマ帝国支配が受け入れられることはありませんでした。

イオニア海に出るための良港を持ち、ローマ帝国アナトリア地方の州都と指定されていたエフェソス(エフェスは、ローマ帝国の政治においても重要な町として発展していきます。

紀元前33年には、共和制ローマの政治家であったマルクス・アントニウスとその妻のエジプト王女・クレオパトラがこの地を訪れ、政敵アウグストゥスに対する反対運動を起こしたほどです。

ローマ帝国支配のもと、2世紀ごろにエフェソス(エフェス)は黄金時代を迎えます
町には裕福な商人の人口も増え、彼らの寄付によって美しい建物が次々に建設されました。

しかしながら3世紀に入ると、度重なる大地震や東ゴート族の侵入により町は衰退の一途を送ることとなります。
エフェソス(エフェス)の始まりの地とも言えるアルテーミス神殿は焼き討ちに遭って崩壊し、大地震によって破壊された町が完全に復興を遂げるのは、およそ200年後の5世紀に入ってからとなります。

4世紀~14世紀:ビザンツ帝国時代

↑ビザンツ帝国時代にはキリスト教の聖堂も建設された

395年、ローマ帝国が東西分裂し、東のビザンツ帝国領となったエフェソス(エフェス)。

地震によって崩壊した建物の再建が進められ、徐々に復興がなされた町では、キリスト教が正式に認められたこともあり、キリスト教国家の町としての性格が強まります。

ビザンツ帝国支配下のエフェソスは、緩やかに衰退の道を歩むこととなります。

7世紀に入ると、南方で力を強めていたアラブ人による攻撃に悩まされるようになり、890年にはその政治的・軍事的重要性はスミルナ(現在のイズミル)に移され、その後14世紀までは住民が細々と生活を送るいち地方都市として存続することとなります。

14世紀〜現代:忘れ去られた都市と発掘作業

1304年には中央アジアからやってきた遊牧民王朝のセルジューク朝の支配下に入り、その後15世紀にはオスマン帝国領となったエフェソス(エフェス)。

オスマン帝国支配下で、町は完全な廃墟となり土に埋もれ、人々から忘れ去られた存在となりました。

17世紀に書かれた旅行記には、すでにその存在が記されていたエフェソス(エフェス)遺跡ですが、本格的な発掘作業が始まったのは1863年になってからのこと。

20世紀に入ると、現在のエフェソス(エフェス)遺跡の敷地外に位置するアルテーミス神殿や聖ヨハネ教会などが発見され、かつての古代都市の姿が徐々に解明されることとなります。

2015年にはその計り知れない歴史的価値が評価され、世界遺産に指定されたエフェソス(エフェス)遺跡。
現在でも80%にも及ぶエリアで未発掘の状態であり、発掘作業が日々続けられています。

今後さらに大きな発見がなされ、私たち観光客が楽しむことができる日も遠くないかもしれません。

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エフェソス(エフェス)遺跡の見どころ

エフェソス遺跡の敷地は広大ではあるものの、立ち入り可能なエリアは意外と限られており、見どころがギュッと詰まっている印象。

遺跡内を大きく分けると、以下三つのエリアとなります。

・アッパータウン
・クレテス通り周辺
・ロウワータウン

ここでは、この三つのエリア別にエフェソス(エフェス)遺跡の主な見どころを紹介していきます。

エフェソス(エフェス)遺跡観光地図

黄色:ミニバス停留所
灰色:入場ゲート
青:アッパータウンの見どころ
赤:クレテス通り沿いの見どころ
緑:ロウワータウンの見どころ

アッパータウンの見どころ

ヘレニズム時代に政治の中心として発展したのが、南側に位置するアッパータウン

政治用アゴラを中心に点在する遺跡の数々に、2000年以上前の古代都市の痕跡を感じることができます。

1.政治用アゴラ

エフェソス(エフェス)遺跡の南入口を入ってすぐの所に広がるのが、紀元前1世紀に造られた政治用アゴラ

元々は紀元前1世紀に整備された場所ですが、後のローマ皇帝アウグストゥスの統治時代(紀元前27年~14年)には町の政治の中心としての役割を担う多目的スペースとして機能するようになりました。

2.水の宮殿

80年建造の噴水は、「水の宮殿」と呼ばれたほどに美しいローマ風建築の傑作だったもの。

多くの石像が設置されていた豪華な造りだったものの、現在残るのはその土台部分のみとなっています。

3.城壁沿いの噴水

政治用アゴラの西側には、ヘレニズム時代に建設された城壁が残っています。

後のローマ時代にこの城壁の一部に水を引いて、噴水へと改築したものがこちら。

水道橋を使って引いた水を町に供給する役割を持っていたと考えられています。

4.政治用アゴラの公共浴場

ヘレニズム時代のジムナジウム(運動用の施設)であったものをローマ風の公共浴場へと改良したものが、政治用アゴラの東側に残っています。

温かいお風呂はもちろんのこと、運動用のジムのようなエリアや瞑想用のスペースなどもあったよう。
「古代の健康ランド」といったところでしょうか。

5.ブルテリオン

ローマ帝国時代の評議会が会議する場所として使用したのが、政治用アゴラ東側にあるブルテリオン(Bouleuterion)

小さな円形劇場のような造りで、政治的会議はもちろん音楽会などのイベント会場としても利用されていました。

もともとは屋根がついていたのですが、現在残るのは客席とステージ部分の一部のみとなっています。

6.プリタネウム

ブルテリオンのすぐ隣に位置するのが、「古代の市役所」のような行政機関であったプリタネウム(Prytaneum)

エフェソス遺跡を紹介するパンフレット等にもよく使われる場所なので、見たことがある人もいるかもしれません。

町の政治の中枢であった場所ですが、25万人が住んだ町の規模の割にこぢんまりとしたスペースです。

7.メミウスのモニュメント

紀元前50年~紀元前30年の間に造られたと考えられているメミウスのモニュメントは、かつてエフェスを支配したローマ帝国の独裁官スラ(Sulla)とその孫にあたるメミウス(Memmius)に捧げられたものです。

8.ドミティアヌスの噴水

93年建造のドミティアヌスの噴水は、当時の美しいアーチが残るもの。

政治用アゴラの北側、ドミティヌス神殿の向かいに建てられ、この地に自身の墓を築いた同名のローマ皇帝に捧げられたものです。

9.ドミティアヌス宮殿

96年に没したローマ皇帝・ドミティアヌスが、生前に自身の墓として建設させた場所がドミティアヌス神殿

かなり巨大な建造物で、何本もの大理石の柱が印象的な建物だったのですが、現在残るのはその内二本のみ。
かつてはこの二本の柱の間にドミティアヌス帝の像があったそうです。

10.勝利の女神・ニケのレリーフ

ドミティアヌス宮殿からクレテス通りへと続く道沿いにさりげなくあるのが、勝利の女神・ニケが描かれたレリーフ

後述するヘラクレスの門の上部に設置されていたものではないかと考えられています。

ご存じの靴やカバンのブランド・NIKE(ナイキ。「ニケ」の英語読み)は、この女神の斜めの姿勢にインスピレーションを受けてあの有名なロゴを作成したと囁かれていますが、真偽のほどは定かではありません。

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クレテス通り周辺の見どころ

アッパータウンとロウワータウンをつなぐクレテス通りは、エフェソス(エフェス)遺跡観光のハイライトの一つとなるエリア。

クレオパトラも歩いた大理石が敷き詰められた緩やかな坂道をゆっくりと下っていくと、人々の生活の場であったロウワータウンへと至ります。

1.ヘラクレスの門

クレテス通りのアッパータウン側の入口となるのが、ヘラクレスの門

かつては門の上部には勝利の女神・ニケのレリーフが飾られていたそうですが、現在残るのは土台部分の二本の柱のみです。

ギリシャ神話のヘラクレスが描かれたこれらの二つの柱は、クレテス通りに馬車などが入れないようにするための車止めの役割を果たしていました。

2.トラヤヌス帝の噴水

ローマ皇帝・トラヤヌス(98年~117年)の名を関したトラヤヌス帝の噴水は、9.5mの二層構造の美しい外観が特徴的。

かつては中央部に彼の像が設置されていたのですが、現在残るのはその足元にあった球体のみとなっています。

3.テラスハウス

かつてのクレテス通り沿いの斜面には、市民たちの住居が連なっていました。

その痕跡が見られるのが、テラスハウスと呼ばれる部分。

その名の通り、斜面の段差をうまく利用して建設された住居の土台部分がテラスのように見えることからこの名が付きました。

紀元前1世紀頃の住居跡で、裕福な層の住民たちが居住していたと考えられています。

テラスハウス前の地面には精巧なモザイク画が残っており、当時のエフェソス(エフェス)がどれだけ文化的にも豊かだったかを知ることが可能です。

テラスハウスはいくつかのエリアに分かれており、その一つのテラスハウス2と呼ばれるエリアへの入場は30TL(=¥547)の別料金がかかります。

4.ヴァリウス浴場

クレテス通りの北側、テラスハウスの正面にある巨大な遺跡が、ヴァリウス浴場の跡。

2世紀の建造で、ローマ帝国風の優雅な装飾がなされていました。

ヴァリウス浴場のテラス部分は、エフェソス(エフェス)遺跡観光のハイライトであるケルスス図書館を眺める絶好のポイント
人の数も少なく、「これぞ古代都市」といった風景には感動すること間違いありません。

5.ハドリアヌス神殿

2世紀建造のハドリアヌス神殿は、同名のローマ皇帝を讃えて建設されたもの。

エフェソス(エフェス)遺跡のシンボルの一つとも言える美しい建物で、正面のレリーフや内部の装飾も素晴らしい保存状態で残されています。

後年には、ディオクレティアヌス帝やコンスタンティヌス帝など、ローマ帝国の名だたる皇帝たちの像が設置されていたそうで、かなり重要視されていた場所であったことがうかがえます。

6.ラトリナ

古代の公衆トイレであったラトリナは、クレテス通りの北端、ヴァリウス浴場の隣に位置しています。

上下水が完備されており、無料で使用することができたラトリナ内部は、仕切りなどは全くなく、隣の人が用を足しているのが丸見えの状態。

古代の人はそんなことを気にしていなかったのでしょうか。
きっと現在とは異なる意識の元で生活していたのでしょう。

7.オクタゴン

クレテス通りがケルスス図書館に至る直前にあるのが、オクタゴンと呼ばれる遺跡。

元々は八角柱型の霊廟で、コリント様式の柱に囲まれた美しい建造物だったそうですが、現在残るのはその土台部分のみとなっています。

霊廟の中で眠っていたのは、クレオパトラの妹であり、エフェソス訪問時に殺害されたアルシノエ四世であったと考えられています。

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ロウワータウンの見どころ

ヘレニズム時代から人々の生活の中心の場であったロウワータウン

エフェス観光のハイライトとなるケルスス図書館や、大規模な円形競技場などの見どころが点在しています。

1.ケルスス図書館

疑う余地もないエフェソス(エフェス)遺跡観光のハイライトとなるのが、ケルスス図書館

完璧な保存状態のファサードを持つ古代の図書館の遺跡は、観光ポスターなどで必ず見かけるほどに世界中で有名なものです。

117年にティベリウス・ユリウス・アクイラ(Tiberius Julius Aquilla)によって建設された図書館は、12000以上の巻物を保管していた、古代世界で最も規模の大きい図書館の一つでした。

↑知恵の女神・ソフィア像

素晴らしいの一言しかないファサードには、知恵(ソフィア)、知識(エピステーメー)、知性(エノイア)、美徳(アレテー)をつかさどる女神像が設置されております。
(これらの像はレプリカで、本物はウイーンの博物館に保管されています。)

図書館の内部はかなり小さな空間で、当時の雰囲気はあまり感じられません。

床に敷き詰められた大理石や、壁に造られた巻物を保管しておくための窪みなどに、2000年近く前の図書館の建物を感じることができます。

↑かつてのケルスス図書館の内部

ケルスス図書館見学時に是非注目してほしいのが、正面のファサードの下から眺める装飾の精密さ

約2000年前に、ここまで美しい装飾をする技術があったことに驚かされることでしょう。

2.ハドリアヌス帝の門

ギリシャの首都・アテネにある同名の門のミニチュア版として117年に建設されたのが、ハドリアヌス帝の門です。

二層構造の豪華な装飾が施された門で、大理石の柱によって三つの入口に分けられていたのですが、現在は中央上部の装飾は残っていません。

3.アゴラ南門

ケルスス図書館と商用アゴラを隔てるアゴラ南門は、紀元前2世紀のヘレニズム時代に建設されたもの。

すぐそばのケルスス図書館の影に隠れてあまり注目されないものの、この門の装飾もかなり素晴らしいです。

この門から現在は残っていない北門にかけては、商用アゴラの中庭部分を取り囲むように二階建てのホールとなっていました。

4.商用アゴラ

エフェソス(エフェス)の市民生活の中心エリア・ロウワータウンを象徴する存在が、商用アゴラ

↑かつてはホールだった部分。現在では柱のみが残る

紀元前3世紀ごろにはすでに整備されていたと考えられており、広大な中庭を取り囲んでいたホール部分には、オフィスなどの商業施設をはじめ、裁判所まで設置されていたそうです。

5.大劇場

ケルスス図書館から北に延びる大理石通りを歩いていくと、大劇場へと到着します。

紀元前3世紀~1世紀のヘレニズム時代に建設されたものを土台に、ローマ帝国時代のドミティアヌス帝・トラヤヌス帝統治時代(81年~117年)に改装されたもので、演劇やオペラなど様々な娯楽が開催されました。

7世紀のビザンツ帝国時代には、町を取り囲む城壁の一部に組み込まれ、その娯楽施設としての重要性が失われます。

6.アルカディアネ&エフェソス港

全長500m、幅11mの真っすぐに伸びる道が、エフェソス(エフェス)の繁栄に重要な役割を果たしたアルカディアネと呼ばれるもの。

大劇場と港を結んでいた通りで、海からやってくる人や物の通り道となった場所です。

エフェソス(エフェス)の港自体は、紀元前2世紀にベルガモン王国のアッタロス2世統治時代にひらかれたものですが、港が運河によって海と直接つながれたのは、3世紀に入ってからのことでした。

大地震によって大きな被害を受けた港とアルカディアネですが、ビザンツ帝国皇帝のアルカディウス統治時代に再建されたため、彼の名を冠して「アルカディアネ」と呼ばれます。

7.聖マリア教会

ロウワータウンの外れにぽつんと建つのが、もともとあった聖堂をキリスト教の教会とした聖マリア教会

ビザンツ帝国時代の431年に、この地域の司教たちの教会として開かれたものですが、後に彼らが聖ヨハネ聖堂(現在のセルチュクにあるもの)へと移ったことによりその重要性が失われ、現在では廃墟となっています。

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エフェソス(エフェス)遺跡観光の基本情報【料金・所要時間】

エフェソス(エフェス)遺跡はそこまで大きな規模の遺跡ではないものの、その歴史的価値は計り知れないものがあります。

ここでは、エフェソス(エフェス)遺跡観光に必要な基本情報や、上手なまわり方を解説していきます。

エフェソス(エフェス)遺跡の営業時間・入場料・チケット種類

エフェソス(エフェス)遺跡の営業時間

夏季:8:00~19:00
冬季:8:30~17:30

※チケットオフィス営業時間は、閉場の30分前まで

エフェソス(エフェス)遺跡の入場料&チケット種類

エフェソス(エフェス)遺跡の入場料は、72TL(=¥1312)とかなり高額です。

歴史的価値を考えると仕方のないことかもしれませんが、それでもちょと高すぎる感じは否めません。

エフェソス(エフェス)遺跡と周辺の観光スポットへの入場料がセットになったコンビネーションチケットの販売もあり、別々で買うよりもほんの少しだけお得になります。

コンビネーションチケット

料金:132TL(=¥2406)
有効期間:3日間

【入場可能施設】

・エフェソス(エフェス)遺跡 (単体:72TL)
・テラスハウス2 (単体:30TL)
・エフェス博物館 (単体:18TL)
・聖ヨハネ聖堂 (単体:18TL)

お分かりのように、コンビネーションチケットを購入したところで、別々に購入する際よりも8TL(=¥145)しか割引となりません

エフェス博物館と聖ヨハネ聖堂はエフェソス遺跡の敷地内ではなく、アクセス拠点となるセルチュクの町に位置しているので、遺跡の見学だけで観光を済ますならコンビネーションチケットを購入する必要はありません。

また、遺跡内にある別料金のテラスハウス2に関してですが、個人的にはわざわざ別料金を払ってまで見なくてもいいのではないかと思います。

モザイク画の保存状態などはテラスハウス1(見学自由)よりもかなり良く、かつての住居跡により近づいて見学することができるのは魅力的ですが、そこまで興味がない人にとっては無料のテラスハウス1の見学で十分かもしれません。

エフェソス(エフェス)遺跡観光の所要時間【日帰りor宿泊?】

↑細かい装飾まで見ていくなら意外と時間がかかる

エフェソス(エフェス)遺跡の観光には、最低でも2時間は見ておきましょう

もちろん、ただ写真を撮りながら有名な遺跡だけをさっと見ていくことも可能ですが、それではわざわざここまで来た意味がありません。

今回の記事で紹介している見どころを見てまわるだけで2時間、じっくりと説明書きを読みながらや、細かい装飾などを鑑賞しながら観光するなら3時間~4時間は普通にかかります。

逆に言えば、エフェソス(エフェス)遺跡観光の所要時間は、どんなに長くても4時間ほど
半日もかからないので、周辺の他の見どころとセットで訪れたり、観光後に他都市へ移動することも可能です。

反対に、エフェソス(エフェス)遺跡とその周辺の観光スポットを全てまわるなら、拠点となるセルチュクの町に宿泊することとなります。

↑エフェソスとセットで訪れたいアルテーミス神殿

エフェソスの始まりの地とも言えるアルテーミス神殿などの歴史スポットや、オスマン帝国調の民家が連なるシリンジェ村など、まだまだ見どころがたくさんあるセルチュク近郊。

↑シリンジェ村

セルチュクの町自体もトルコの地方都市らしい素朴な雰囲気が残っているので、数日滞在してみるのもおすすめです。

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エフェソス(エフェス)遺跡へのアクセス/他都市への移動

セルチュクからエフェソス(エフェス)遺跡へのアクセス

↑セルチュクのオトガル(バスターミナル)

エフェソス(エフェス)遺跡は、トルコ南西部のセルチュク(Selçuk)という町の南西3kmほどの場所に位置しています。

セルチュクからエフェソス(エフェス)遺跡までは、平坦な道を徒歩30分ほど。
体力がある人は普通に歩ける距離です。

少しでも時間を無駄にしたくない人は、セルチュクのオトガル(バスターミナル)から出ているエフェソス(エフェス)遺跡行きのドルムシュ(ミニバス)を利用するのが便利。

20分に1本(冬場は30分に1本)の運行なので、とても利用しやすいです。

セルチュク~エフェソス(エフェス)遺跡ミニバス

所要時間:5分
料金:3TL(=¥54)

セルチュクのオトガルを出発したミニバスは、エフェソス(エフェス)遺跡の北ゲート(ロウワータウン側)への到着

帰りのバスも同じ場所からの出発となるので、ロウワータウンからアッパータウンまで観光した後、同じ道を再び戻ることとなることを覚えておきましょう。

のぶよ的には、行きはバスで北ゲートから入場し、帰りは南ゲートから退場した後徒歩でセルチュクへと向かうのもアリだと思います。

セルチュク~他都市間の移動

セルチュク~イズミル間の移動

セルチュクはトルコ第三の都市・イズミル(izmir)と鉄道・バスで1時間ほどの場所にあるので、イズミルからの日帰りも十分可能です。

イズミル~セルチュク間鉄道

所要時間:1時間15分
料金:9TL(=¥168)

※時刻表はトルコ鉄道の公式サイトでご確認を。

セルチュク~デニズリ(パムッカレ)間の移動

セルチュクからは大人気の世界遺産パムッカレの入口となるデニズリ(Denizli)までの鉄道も走っています。
正確には、イズミル~セルチュク~デニズリ間は同じ鉄道路線です。

イズミルを早朝に出発して、エフェソス遺跡観光~デニズリ経由でパムッカレ観光というようにエフェソス(エフェス)遺跡とパムッカレを1日でまわることも可能です。
(かなり忙しくなりますが)

デニズリ~セルチュク間鉄道

所要時間:3時間15分
料金:18TL(=¥336)~

※時刻表はトルコ鉄道の公式サイトでご確認を。

デニズリ~セルチュク間バス

所要時間:2時間45分
料金:43TL(=¥802)

エフェソス(エフェス)遺跡観光のアドバイス

トルコ観光のハイライトの一つであるエフェソス(エフェス)遺跡。
せっかく行くなら、古代遺跡の浪漫を100%満喫したいものです。

ここからは、エフェソス(エフェス)遺跡観光をより楽しむためのアドバイスや注意点を解説していきます。

観光におすすめの時間帯はランチ時か夕方

↑ケルスス図書館前は混雑必至

トルコの他の有名観光地と同様に、観光客に大人気のエフェソス(エフェス)遺跡。
特に団体観光客の数は半端ではありません。

そこら中で写真を撮りまくり、古代遺跡の浪漫など吹き飛ばして嵐のように去っていく彼ら。

エフェソス(エフェス)遺跡の魅力を満喫できるかどうかは、この団体観光客にあたるかどうかに大きくかかっています。

多くの団体観光客が、エフェソス(エフェス)遺跡とパムッカレを一日でまわる行程なのが特徴的で、ほとんどのツアー客は午前中にエフェソスを訪れ、ランチ休憩の後パムッカレへと向かいます。

なので、団体観光客を避けるなら午後遅めの時間がおすすめ
午前中に関しては、朝10時ごろにはすでに大型バスに乗った団体が増え始めます。

午後遅め以外にも穴場となる時間帯は、12時半〜1時半の間

ほとんどのツアー客はランチ休憩となり、一時的に人の数がぐっと減ります。

飲食物を持参する

↑遺跡内、外のお店は全てがぼったくり価格

エフェソス(エフェス)遺跡観光時には、飲食物を必ず持参するようにしましょう

というのも、遺跡内部はもちろん、入口付近の飲食店や商店はただのぼったくりでしかないためです。

エフェソス(エフェス)遺跡観光の拠点となるセルチュクのオトガル(バスターミナル)付近にはスーパーマーケットがあり、エフェソス行きのミニバスに乗る前に食料の調達が可能です。

何も買わない

飲食物はもちろんのこと、お土産類もかなりのぼったくり価格であるエフェソス(エフェス)遺跡。

中には、古代のコイン(偽物)を売りつけてくるような胡散臭い人もうろうろしています。

アンティーク商品などの国外持ち出しが厳しく規制されているトルコ。
例え偽物のコインであろうと、いらぬトラブルを招く元となりかねません。

敷地内にトイレは1ヶ所のみ

比較的規模が大きいエフェソス(エフェス)遺跡ですが、何と敷地内にトイレは1ヶ所しかありません

それも、北ゲートを入場した所にあるので、遠く離れた南ゲート側でトイレに行こうと思ったら大変なことになります。

北ゲートから入場する際には必ずトイレを済ませ、観光中に行かなくても良いように備えておきましょう。

夏場は日差し対策が必須

エフェソス遺跡は、遺跡自体も地面も真っ白な大理石。
日差しを遮る木陰などもほとんどないため、灼熱の夏場は恐ろしいことになります。

夏場にエフェソス(エフェス)遺跡観光をする場合は、帽子やサングラスなどの日差し対策が必須となります。

エフェソス遺跡の現地ツアー

トルコの他観光地と組み合わせて効率良くエフェソスを観光するなら、現地ツアーの参加もおすすめ。
ガイドが付いているので、各スポットの歴史をより深く知ることができるのは大きな魅力です。

エフェソス遺跡の現地ツアーに関しては、近郊のシリンジェ村や聖母マリアの家などにセットで訪れるものも多く、1日で周辺の観光スポットを見学できるのが特徴です。


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おわりに

世界遺産のエフェソス(エフェス)遺跡の歴史や見どころ、アクセスや観光時のアドバイスまでを解説してきました。

悠久の歴史を感じられる場所を観光する際の参考となれば嬉しいです。

個人でのアクセスも簡単で、周辺の観光スポットとも組み合わせて観光しやすいので、日程・都合に合わせたプランニングで訪れてみてはいかがでしょうか。

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