モルドバなのにモルドバ語が通じない?ガガウズ共和国の素朴な村へ。

モルドバなのにモルドバ語が通じない?ガガウズ共和国の素朴な村へ。

こんにちは!モルドバの首都、キシナウに滞在中の世界半周旅行者・のぶよです。(世界半周についてはこちらの記事へどうぞ。)

東ヨーロッパの小国モルドバ。日本人にとってはすでに「どこそれ?」感が漂うマイナーな国なのですが、その小さな国の中にはなんと勝手に独立を宣言している(ないし、「していた」)国が二つもあることをご存知の方は相当なマニアなのでは。

そのうちの一つは、比較的有名な沿ドニエストル共和国です。
こちらの独立国感は本物で、いくら未承認国家と言えども、もはやモルドバとは別の国である雰囲気がかなり強いです。

沿ドニエストル共和国を訪問した記事も書いています

もう一つが、今回ご紹介する「ガガウズ共和国 (ガガウズ自治共和国)」です。
おほとんどの人はおそらく名前すら聞いたこともないのではないでしょうか。

モルドバ南部に位置するガガウズ共和国に潜入してきたので、アクセスなども含めて記録しておきます。

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ガガウズ共和国をひとことで!

・モルドバなのにモルドバ語(ルーマニア語)が通じない!トルコ系住民の自治区。
・素朴な人々の暮らしと伝統が今でも残る場所。
・ガガウズ文化の中心である国立ガガウズ歴史民俗博物館は必見!

ガガウズ共和国とは

ガガウズ共和国は、その名の通りガガウズ人が多数を占め、一定の自治権を持った、いわば「モルドバ内の自治区」です。
ウクライナとルーマニアに挟まれたモルドバの南部に位置しており、16万人ほどいる住民の多くはトルコ系の言語であるガガウズ語を話します。


ソース: https://travelro.wordpress.com/tag/gagauz-yeri/

上のモルドバの地図の南にある赤い地域がガガウズ共和国です。

言語はトルコ系、宗教はロシア系、国はモルドバ…複雑な歴史を持つガガウズの人々

ガガウズ人と呼ばれる人々は、かつてトルコ周辺に居住していたトルコ系民族です。モルドバの大多数を占めるルーマニア系や次に多く居住するスラブ系とは全く異なります。
17世紀ごろにこの地に移住してきたガガウズ人たちは、モルドバ人やロシア人などとの混血も進んだため、見た目ではなかなかトルコ系の面影を見ることはできません。

「トルコ系の民族」と聞くと、ガガウズ人はイスラム教徒なのではないかと思ってしまいがちですが、彼らのほとんどは敬虔なロシア正教徒です。彼らがこの地に移住してくる際にロシア正教への改宗が進んだためです。

しかしながら、彼らの日常会話は主にトルコ語系のガガウズ語で行われます。
ガガウズ語は古トルコ語の一種で、彼らがモルドバの地に移住してから変わらずに話し続けられているため、現代のトルコ語とは文法や語彙面で大きく異なっているようです。

しかし、たまたまホステルで出会ったコムラト大学に留学中のトルコ人によると、「60%くらい聞き取れる」とのこと。私たち日本人が何の知識もなく古文を読んでもなんとなくわかるような感じなのかもしれません。

沿ドニエストルとガガウズ、独立問題の果て

現在のガガウズ共和国は平和そのものですが、かつては沿ドニエストル共和国のようなモルドバからの独立問題がくすぶっていました。

ソ連崩壊前後に旧ソ連を形成していた多くの国が独立していくと、モルドバも独立して独自の道を歩み始めます。当時はモルドバ内で民族主義が高揚し、「脱ロシア化」がすすめられた時代。それに伴って、モルドバの公用語は多数を占めるルーマニア系住民の公用語であるルーマニア語のみと定められました。

これに納得がいかなかったのが、ロシア語系住民が多数を占める沿ドニエストルとガガウズでした。
沿ドニエストルは民族的、言語的な対立が反対の主な原因でしたが、ガガウズの場合はもっと逼迫した問題でした。
なぜなら、ソ連時代は全ての教育や行政手続きなどがロシア語のみで行われていたため、今更ルーマニア語のみを公用語と定められてしまっても誰も理解できなくなってしまうためです。(当時のガガウズ自治区内でルーマニア語を話せる人は5%ほどしかいませんでした)

結局、沿ドニエストルと同じように、ガガウズ共和国も勝手に「モルドバからの独立宣言」をする事態に至ります。

これら二つの地域のその後の明暗を分けたのが、背後から独立を支援した大国の態度の差でした。

沿ドニエストルの独立を指示したのはもちろんロシアでした。独立したばかりのモルドバなんて敵うわけもなく、トランスニストリア戦争を経てあっさりと事実上「独立」してしまった沿ドニエストル。(国際的には認められていませんが)

一方で、ガガウズ共和国の独立を支持したのは、民族的に同じルーツを持つトルコでした。しかし、ガガウズ共和国の打ち出す共産主義的、レーニン崇拝的な政策を脅威に感じたトルコは、突然ガガウズ独立への支援をやめてしまいます。

大国の支援なしに独立することなど夢のまた夢だったガガウズ共和国。結局独立への道を諦め、1995年にはモルドバ政府からの自治権を獲得、独立運動は下火を迎えることとなり今に至ります。

トルコとの関係

歴史に関してはひとまず置いておくとして、ガガウズ人の中には自身のルーツがあるトルコに対して親近感を持つ人が多く、同時に民族的な誇りとなっています。つまりトルコとの関係は比較的好意的で、現在でも交流が続いていると言えるでしょう。

具体例の一つとして、ガガウズ共和国の首都であるコムラトの大学に留学しているという先述のトルコ人は、トルコ政府とガガウズ共和国の交換プログラムのようなものを利用してやってきたと言っていました。

ガガウズ共和国の「共通語」はロシア語

のんびりとした空気が漂う、「モルドバの田舎」という言葉がふさわしいガガウズ共和国。民族問題や言語問題とは無縁の場所のように感じてしまいますが、やはりここでも複雑な歴史に起因する言語問題の一端が見られます。

観光客がガガウズ共和国についてまず驚くであろうものが、全ての標識がロシア語で書かれていることでしょう。

実は、ガガウズ共和国の住人はガガウズ人だけではありません。ウクライナ人やモルドバ人、ブルガリア人など、民族も文化も言語も異なる人たちが暮らすマルチカルチャーな場所なんです。

当然ガガウズ人以外の住民にはガガウズ語は通じないため、旧ソ連時代から学ばれているロシア語が「共通語」として用いられているのです。

ガガウズ共和国がかなり複雑な背景を持つ地域であることがお分かりいただけたでしょうか。
ここからは、実際にガガウズ共和国に訪れた際の記録を紹介していきます。

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まずはガガウズの「首都」コムラトへ

キシナウからコムラトへの行き方

ガガウズ共和国の「首都」であるコムラト (Comrat)は、経済・政治・交通の中心的な都市です。まずはこの町へ向かい、そこからガガウズの地方部の村にアクセスすることとなるでしょう。

コムラト行きのミニバスは、キシナウの南バスターミナルから出発します。中央バスターミナルではないのでご注意を。

料金は片道45MDL (=¥295)、所要時間は1時間半ほど。1日4~5便のみの運航で、一番早いものでも朝10時発です。

こちらがコムラトのバスターミナル。バスターミナル内にはコムラトから各方面へのバスの時刻表が掲示されていますが、かなり見にくいです。

↑キシナウへ帰るバス時刻の確認をお忘れなく。

コムラト始発でキシナウへ戻る便は、なぜか午前中のみに集中しておりかなり不便です。
上の写真は、コムラト以外の町を出発してコムラトを経由、キシナウへ向かう便の時刻表です。どのバスに乗ってもキシナウの南バスターミナルへ到着します。

コムラトはよくある地方都市といった雰囲気で、特に見どころもありません。近くの村へアクセスする拠点として考えておきましょう。

小さな村へ行くと、レストランの数がとても少なく、せっかく見つけてもなぜか閉まっていたりするので、コムラトで食事をしておくか買い物をしておくのがいいでしょう。

ガガウズの文化の中心、ベシャルマ村へ

コムラトが「ガガウズの首都」なら、その南10kmのところに位置するベシャルマ村(Besalma)は「ガガウズの文化の中心」です。

丘の上に広がる小さな村では、伝統的な家屋が建ち並び、伝統的なスカーフや帽子を纏った人々が今でも生活しており、その中心的存在であるのが、ガガウズ人の歴史や伝統に関する展示がされている「国立ガガウズ歴史民俗博物館」です。

↑ガガウズ語で書かれた、「I LOVE BESALMA」モニュメント

コムラトからベシャルマへの行き方

コムラトのバスターミナルから、1時間に1本ほどベシャルマ行きのミニバスが出ています。

料金は片道10MDL (=¥65)、所要時間20分ほど。

ミニバス内に時刻表が貼ってありますが、ロシア語表記のみです。

火曜~金曜の時刻表。
表の左側がベシャルマ発車時刻、表の右側がコムラト発車時刻です。

土曜~月曜の時刻表。
表の左側がベシャルマ発車時刻、表の右側がコムラト発車時刻です。

表記はロシア語、会話はガガウズ語

先述の通り、ガガウズ共和国内の「共通語」は全員が理解できるロシア語なので、町中の表記などはほぼロシア語です。
ロシア語圏あるあるなんですが、ガガウズでは全く英語が通じません。冗談じゃなく、ゼロです(笑)

表記もキリル文字のみなので、ロシア語が少しでも読めないとかなりハードな旅になるでしょう。

一方で、ガガウズ人同士ではもちろんガガウズ語で会話がされます。その響きは、一発でロシア語ともルーマニア語とも異なるとわかってしまうほど独特です。トルコ語に関して何の知識もありませんが、確かにトルコ語っぽいと言われればそうかも。

利用したベシャルマ行きのミニバスの車内では、みんなガガウズ語で話していました。それにしてもみんな揃って頭にスカーフ。

ガガウズ歴史民俗博物館は必見!

ベシャルマ村に来る人の多くのお目当てであろう、国立ガガウズ歴史民俗博物館。実際に訪れると、ミュージアムというより公民館のような外見です。

ちゃんとガガウズ語でミュージアムの看板が出ていました。

内部の展示は素晴らしいのひとこと。他に人がおらず、貸し切り状態でした。係員の若いガガウズ人女の子がつきっきりで展示内容や資料に関しての説明を熱心にしてくれます。が、彼女も英語全く話せません。(笑)

のぶよは遠い昔にロシア語を少しかじったのですが、そんな知識で対応できるわけもなく。
最後にものをいうのは、ボディーランゲージと擬音などのノンバーバル・コミュニケーションでした(笑)

言葉はわからなくても、ガガウズの人々の伝統的な衣装や、生活用品、かつてのベシャルマ村を写した写真の数々やガガウズ出身のアーティストたちによる絵画や本などの展示など、ガガウズ共和国の伝統や文化がこの小さな空間に詰まっていると言っても過言ではありません。

インフォメーション

ガガウズ歴史民俗博物館(Muzeul Național Găgăuz de Istorie şi Etnografie)

住所:str.Lenin 110, Beșalma, Moldova
入場料金:10MDL (=¥65)
※写真撮影費用別途15MDL (=¥98)必要

ガガウズの伝統的な家や人々の服装もお見逃しなく

帰りのミニバスの時間に気をつけながら、ベシャルマ村を散策してみるのもおすすめです。特筆すべき観光スポットがあるわけではありませんが、素朴な村に残るガガウズの伝統的な装飾が施された家々を見ることができます。

運が良ければ、ガガウズの伝統的な衣装をまとった人を見ることができるかもしれません。のぶよは、ガガウズの伝統的な黒い帽子をかぶったおじいさんを見かけました。

ガガウズの家々の塀や門はカラフルに彩られていて、何らかのモチーフが描かれているものも多いです。

この二等辺三角形の屋根が肩を張ったような独特な形の家は、ガガウズの伝統的な様式です。
かつては一夫多妻制が主だったガガウズ文化において、夫は突き出した日よけ部分の下で休み、妻たちは家事にいそしんでいたそうです。現在では絶対にありえない文化。

もう一つ注目すべきが、ガガウズの伝統的な家屋の正面の屋根の上に飾られた紋章のようなもの。家によって少しデザインが異なっています。ミュージアムの女の子がこの飾りについて説明してくれたのですが、のぶよの語学力では到底それが何なのか理解できず…。
どなたかロシア語が堪能な方、レポートをお願いします(笑)

おわりに

マイナー中のマイナーであろう、ガガウズ共和国。常に歴史に翻弄されてきた人々が、逆境にも負けず彼らの伝統や言語を守り抜いてきたこの地には、今も変わらず独特な文化が息づいています。

キシナウからの日帰りも十分に可能なので、言語や民俗に興味があるなら是非訪れてみてはいかがでしょうか。

 

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