ビールの発祥ってどこか知ってる?リヴィウのビール博物館が超楽しい件。

ビールの発祥ってどこか知ってる?リヴィウのビール博物館が超楽しい件。

こんにちは!ウクライナ西部のリヴィウにのんびり滞在中。世界半周中ののぶよです。
(世界半周についてはこちらの記事へどうぞ。)

リヴィウの町の雰囲気ははウクライナの他の都市と大きく異なります。
リトアニア・ポーランド王国領だった中世から、オーストリア・ハンガリー帝国のものとなった近世。その後再びポーランド領になったと思いきや、今度はソ連領に…。

少し振り返るだけでも様々な大国の支配を受けてきたリヴィウには、ポーランドのようでオーストリア風な、可愛らしく気品が漂う街並みが広がっています。

そんなリヴィウを特徴づけるのが、ドイツやオーストリアの影響を強く受けたビール文化です。
ビールを売りにしたパブやレストランが多くあるリヴィウには、ウクライナでは珍しいクラフトビールを提供しているところも。
中でも、ウクライナで一番メジャーなビール、リヴィウスケの工場では、リヴィウとビールの切っても切れない歴史を紹介するミュージアム、リヴヴァルニャを併設しており、もちろん試飲もできるんです。

このミュージアムがなかなか勉強になる上に、ビール好きにはたまらないおすすめスポット。
ウクライナの国民的アルコール、ウォッカのことはひとまず忘れ、リヴィウが誇るビール文化を紹介するリヴヴァルニャに潜入しましょう!

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ビールづくしのリヴヴァルニャ・ビール博物館に入場!

リヴィウ旧市街から徒歩20分ほど。大きなビール工場の敷地内にあるビール博物館・リヴヴァルニャ。
地下が、ビールの歴史とリヴィウのビール文化を紹介するミュージアム、2階部分がビールの試飲ができるバーになっています。

入口横にあるお土産屋には、できたての瓶詰めされたリヴィウスケのビールが。期待が高まります。

インフォメーション

 

ビール文化体験センター “リヴバルニャ”
(Музейно-культурний комплекс пивної історії – Львіварня)

住所:Kleparivska St, 18, L’viv, L’vivs’ka oblast, 79000
営業時間:全日 10:00~19:00
料金:ミュージアム入場 75UAH(=¥310)、ビール4種類の試飲40UAH(=¥165)

知られざるビールの歴史を学ぶ

早く試飲したい気持ちを抑えつつ、まずは博物館を見学しましょう。

展示は主に3つの種類に分かれており、

・ビールの発祥と歴史
・リヴィウのビール醸造の歴史
・ビール製造工程についての展示

の順に見学します。主に前者2つの展示に重点が置かれています。

展示コーナーには英語表記もあるので安心!

誰も知らない?ビールの発祥と歴史。

突然ですが、ビールがいつ、どこで生まれたか、ご存知でしょうか。

「ドイツ?イギリス?とにかくヨーロッパのどこかでしょ?たぶん産業革命の時代とか?」

のぶよもそんな風に思っていました。なんとなくヨーロッパ生まれの飲み物というイメージがあるのでは。

 

実は、ビールの歴史はものすごく古く、その発祥は古代メソポタミアのバビロン (現在のイラク) にあるそうです。
紀元前3000年頃、バビロンに居住していたシュメール人によって作られたものが最初だと言われています。
これには驚き。人類のアルコールに対する渇望は、5000年前でも変わりません(笑)

古代のビール

それが古代エジプトアッシリア(現在のシリア)に広がっていきました。

↑ミュージアムには、当時のビール製造や飲んでいる様子を描いた壁画のレプリカが。

大麦を自然発酵させ、アルコールを含ませた飲み物は、当時の祭祀や日常生活の中で親しまれていたそう。
せっかくのビール発祥の地なのに、現在はイスラム文化圏となっているエリアなのでアルコール厳禁なのがなんとも皮肉といったところ。

↑紀元前1350年頃のエジプトにて、ビールを飲む様子

当時のビールはフィルターを使って濾過したものではなかったので、不純物を飲まないようにストローのような器具を使って飲まれていたそうです。

初めてビールを濾過する技術を生み出したのは、古代アッシリア人でした。

そこから、エジプト人やフェニキア人によって、カルタゴ(現在のチュニジア)を経由して、古代ローマ帝国、ギリシャ人に伝えられたビール。
この時、紀元前800年。生まれてから二千年以上を経て、ようやくビールがヨーロッパに上陸したことになります。

↑とても分かりやすい、ビールの伝播を描いた展示パネル。

私たちがなんとなく「ビールの本場」だと思っているドイツに、ビールが伝わったのは紀元前1世紀頃のこと。
そこで徐々に人気を得たビールは、ヨーロッパ中に広がっていきました。

現在のウクライナにビール文化が到達したのは、ウクライナがキエフ大公国として栄華を極めた9世紀頃。ほかの国に比べてだいぶ遅咲きだったことがわかります。

中世ヨーロッパのビール

ここまでビールの発祥と歴史を見てきましたが、古代のビールは現在のものとは全く異なった味でした。なぜなら、古代のビールは単に麦芽を発酵させただけのアルコール飲料だったため、現在のビールが持つキレや苦みはなかったそうです。

時を経ること8世紀ごろ。ドイツでは、ビールはキリスト教修道院の内部で醸造されていました。そこにホップを加えて苦みを生み出すことを思いついたのは修道僧たちでした。ヨーロッパの土壌に合い、簡単に育つホップを入れるという画期的な発明によって、ほのかな苦みを感じるビールの独特な風味が生まれ、それが広がっていくことになります。

ヨーロッパのビール醸造方法が現在のような形になったのは、中世ドイツ、特にバイエルン州(現在のミュンヘン周辺)においてでした。
1516年にバイエルン公告で発令された「ドイツビール純化法」は、それまで地域によって様々な材料を用いて醸造されていたビールの原料を、「水・ホップ・麦芽」の3種類に限定したものです。これがビールの品質向上につながり、ほかの地域もそれを真似するようになりました。

リヴィウとビール文化

中世(リトアニア・ポーランド連合王国時代):ビール文化の成熟

先述のように、ヨーロッパの中では遅咲きだったリヴィウを含むウクライナでのビール文化。
地理的に中央ヨーロッパに近いリヴィウ周辺地域は、中世ではリトアニア・ポーランド連合王国の領土でした。

ドイツ風に、「ギルド」と呼ばれる職人組合が自治をしていたリヴィウでは、ビールを醸造するためのギルドが存在していたほど。それほど、ウクライナの中ではビールが身近にあった地域だったのです。

そんなビールの町・リヴィウでは、ビール醸造者としての資格を得るのは簡単ではありませんでした。最低でも2年間の見習い期間を経て、ようやく一人前として認められ、許可証が発行されたそうです。

こちらはなんと当時のオリジナルの醸造許可証。
内容は「彼は2年間の見習い期間を修了したので合法で働くことができる。しかしながら、まだ経験が少なく未熟であるため、同僚による助言、教育をされたし。」といったものだそうです。かなり辛辣(笑)

近世 (オーストリア=ハンガリー帝国領時代):ビール文化の広がり

↑ビールを飲む当時の人たちや(下)や、醸造の専門家(上)とにかくみんな楽しそう。

18世紀にはオーストリア・ハンガリー帝国領となったリヴィウ。その中でもビール文化は発展を続け、町にはビールを売りにした食堂であるクナイパが多くオープンし、人々の間にビール文化が広がっていきます。

↑ミュージアム内では、当時のクナイパを模した撮影スポットも。

ポーランド領時代(1920~1939年):商業的成功

第一次世界大戦の後は、再びポーランドの支配下におかれたリヴィウ。すでにビール文化が成熟していたポーランドの影響を受け、リヴィウのビール製造はさらに大きなものになり、商業的になっていきました。

当時のリヴィウではポーランド語の使用が義務付けられていたため、ポスターや看板は全てポーランド語のみ。

ビール食堂であるクナイパの入口には、ポーランド語で書かれたビールの看板が置かれるようになります。だんだんと現在のビアパブの形式に近づいてきているのがわかります。

当時のウクライナ美女たちがビールを楽しむ写真が展示されていました。それにしても、ビールにかかわる人って、みんな楽しそう(笑)
なんだかこちらまで笑顔になってきます。

紙芝居のような映写機で、ビールを宣伝するものまでありました。

大きなビール瓶の模型と美女。現在のレッドブルも同じような方法で広告していますね。そういえば、レッドブルはオーストリア発祥。何か関係があるのでしょうか。

というわけで、ポーランド領だったこの時代の、こうした派手な広告作戦によって、リヴヴァルニャのビールブランドであるリヴィウスケは商業的な成功を収めます。

当時と同じ製造方法、ラベルの復刻版ビールが現在販売されていて、スーパーなどでも手軽に購入できます。
普通のリヴィウスケに比べて、ホップの苦みが強く、のぶよはこの復刻版の方が好みでした。

ソビエト連邦時代:ソ連No.1のビールとなる

第二次世界大戦におけるポーランド分割、およびソ連による占領の結果、ソビエト連保に属することになったリヴィウの町。

↑ソ連時代の広告ポスター。なんだか赤い色が多くてソ連っぽい。

ソ連時代には、「ソ連No.1のビール」とまで呼ばれたリヴィウスケ。
ウクライナだけではなく、ベラルーシやモルドバなどの周辺地域、モスクワの空港やバーなどにも置かれるほどポピュラーになりました。

その影響で、これら東欧の旧ソ連の国々では、現在でもリヴィウスケをよく見かけます。

↑ソ連時代のビール製造の様子と、ビールを楽しむ人たち。

ソ連時代当時のラベルが張られた瓶も展示されていました。ラテン文字のポーランド語から、完全にキリル文字になっています。

いざ!リヴィウビールを試飲。

ビールの歴史に関する展示を見終えた後は、ビールの製造過程に関する展示もあるのですが、こちらはあまりメインではない感じ。ウクライナ語のみで英語表記もありませんでしたし。

というわけで、いよいよ!お待ちかねの試飲タイムです!

ウクライナ美人のバーテンダーが注いでくれる4種類のリヴィウスケブランドのビール。
試飲は、4種類でたったの40UAH(=¥165)という嬉しすぎる低価格です。

お気に入りのものがあれば、バーで直接料金を支払って、追加注文も可能です。別料金でおつまみも販売していました。

それぞれ特徴的な色と風味の4種類のビール。左から、

・ノーマル
・酸味が強い柑橘系ブロンド
・深めのアンバー
・濃厚なポーター

といったところ。
のぶよ的に左から三つ目のアンバーが好みでした。

是非、実際に足を運んで、お気に入りのビールを見つけてみてください!気に入ったものは、入口隣のお土産コーナーで購入して行くこともできますよ。

おわりに

ビール好きにはたまらない、ローカルビールの試飲ができる、リヴィウのビール博物館「リヴヴァルニャ」。

ここのブランドであるリヴィウスケは、ウクライナではかなり有名なブランドなので、現地の人もこのミュージアム&試飲を楽しみにリヴィウに旅行に来るほどなんです。

もちろん、試飲が私たちビール好きの第一の目的ではありますが(笑)、意外と知らないビールの歴史を、リヴィウの町が辿った複雑な歴史とともに知ることができる貴重な場所でもあります。
ミュージアム内の展示はよく工夫されていて、ビール好きなら思わず楽しくなってしまうこと間違いなし!

リヴィウの観光途中に是非立ち寄っておきたい、かなりのおすすめスポットです。

 

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