日本人が海外で受ける差別?「ニーハオ問題」と返し方を考える。【さぼわーログ.003】

日本人が海外で受ける差別?「ニーハオ問題」と返し方を考える。【さぼわーログ.003】

こんにちは!ポルトガルを出発し、陸路で日本を目指してます。世界半周中ののぶよです。
(世界半周についてはこちらの記事へどうぞ。)

「海外在住者の視点から改めて日本人を考える」というテーマでお送りしている「さぼわーログ」。
(当ブログ「Ça voir! -さぼわーる-」で一番の人気カテゴリです!)

第三回目となる今回の記事では、海外旅行や海外在住する日本人なら誰もが一度は経験したことがあるであろうある問題について考えていきます。

 

日常生活から解放され、日本とは異なった文化を体験できる海外旅行。

観光スポットをめぐる人、グルメを目的にする人、ただただのんびり過ごす人、海外旅行のスタイルは多様化してきています。

また、日本を離れて海外に長期滞在・在住する日本人の数も、国際化の波や留学・ワーキングホリデー制度の充実によって年々増加の一途をたどっています。

そんな海外旅行者、海外在住者を悩ませるのが、お店やレストラン、ホテル、果ては道端で現地の人から投げかけられる「ニーハオ」の言葉です。

海外に行った人の多くが、一度は経験したことがあるのではないでしょうか。

のぶよは計数十回、「ニーハオ」を言われたことがあります。(海外渡航歴に比べて少なめなのは、東南アジアの人と間違えられることが多いためだと思っています(笑))

せっかく楽しんでいるのに、この一言で興ざめ。またはイラっとしてしまった経験がある人も多いのではないでしょうか。

今回の記事では、「海外で、中国人ではないアジア系の人に対して、現地人がニーハオと言ってくる」ことを「ニーハオ問題」と呼ぶことにします。

かなり根深くて複雑なニーハオ問題。

・「ニーハオ」と言われた時の上手な返し方を含む対処法
・「ニーハオ問題」から学ぶ、私たち日本人も外国人に対しての言動において気を付けるべきこと

についても、記事の後半で考察しています。

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「ニーハオ問題」は何が「問題」なのか。

「ニーハオ問題」とは、その名の通り、アジア人を見たアジア圏以外の国の現地人が、そのアジア人の国籍や言語を考慮せず、短絡的に「ニーハオ!」と声をかけてくる問題です。

なぜ「問題」なのかというと、その言葉を投げかけられて良い気分になる日本人はまれで、大半の人は気分を害されたり馬鹿にされたように感じるためです。

ニーハオ問題は、南米やアラブ圏、東ヨーロッパなど、いわゆる「発展途上の国や地域」で起こるものだと思っている人が多いのですが、西ヨーロッパでも普通に起こります。

逆に、ニーハオ問題がほぼ存在しないのは、アジア系の移民が多く、それなりの地位を獲得している北米くらいではないでしょうか。

ホテルやレストランで、こちらを見てアジア系だとわかったとたんに「ニーハオ!」と言われるもの、道端で子供たちに「ニイハオ!ニーハオ!アイヤー!!(ジャッキーチェンっぽいものまね付)」とはやし立てられるもの、果てはいい大人が「ニーハオ!チョンチン〇※×$&!」と言ってくるものまで様々な種類・レベルがあります。

いずれにしても、あまりいい気持ちがしないものでしょう。差別された気持ちになる人も多いと思います。
しかし、ニーハオ問題はそんなに簡単に「差別だ!」と声を荒げられる問題ではないんです。

簡単に差別とは言い切れないニーハオ問題

のぶよ的には、「ニーハオ問題」は、大きく二つに分けられると思います。

・アジア系=中国人=「ニーハオ」という図式によって起こる、「悪意なきニーハオ」
・ただアジア人を馬鹿にしている「悪意ニーハオ」

です。それぞれ詳しく見ていきましょう。

ホスピタリティーが空回り。「悪意なきニーハオ」

ホテルやレストラン、お店などで言われるニイハオのほとんどが該当する、悪意なきニーハオ。
アジア人を見たら、中国人だと思い、「ニーハオ」と挨拶をしてくる短絡的な考えによるものです。

しかしながら、このタイプのニーハオに関しては、あまり目くじらを立てても仕方がないのが実情です。

アジア人(特に外見的特徴が似ている、東アジア諸国)の中で、ダントツの人口を誇る中国語話者人口。
変に「こんにちは」や「アンニョンハセヨ」と言ってみるよりも、「ニーハオ」と言った方が効率がいいのです。まさに、大は小を兼ねる理論。

また、中国人は英語が話せない人の数がものすごく多いです。人によっては「ハロー」すらとっさに出てこない人もいるくらい。
愛国心も強いので、外国で「ニーハオ」と声をかけられると嬉しいと感じる人も多いのかもしれません。

ビジネス的観点から見ても、「英語が通じないけど、ニーハオと言えば喜んでくれるし、金払いもいい中国人」に焦点を当てて、アジア人を見たら「ニーハオ」と声をかけるというのは至極まっとうな考え方です。

お店やレストランでも、まれに悪意を持って「ニーハオ」と言ってくるような屑のような店員も存在することは確かです。
その場合は、次に解説する「悪意ニーハオ」に該当します。

ただの差別!悪意ニーハオ

続いては、ニーハオ問題の本質とも言うべき「悪意ニーハオ」について考えていきましょう。

個人的に、海外で「ニーハオ」と言ってくる人の8割方はこの「悪意ニーハオ」だと感じます。

いろいろなパターンが考えられるのですが、一番イラっとするのは、いい大人がニヤニヤと悪意のある笑みを浮かべながら投げかけてくる「ニーハオ」でしょう。
発展途上国の田舎で起こることが多いのですが、「先進国」として名高いフランスやイタリアでも結構日常茶飯事なんです。

悪意を持ってニイハオと言ってくるのはどんな人たち?

どんな国でも、ちゃんと教育を受けて、中間層以上の社会的地位に属している人たちは、まず「悪意ニーハオ」を投げかけてくる人はいないと思います。(心の中で差別的感情があったとしても)

低所得層や、その国で現地人から多かれ少なかれ差別的扱いを受けている移民層、まだ教育過程に身を置く子供たち(道徳的観念が発達過程)などが、悪意ニーハオの主犯です。
子供に関しては、これからその差別的考えを改めてくれるよう願うばかりなのですが、大人に関してはもう手遅れです。

悪意を持ち「ニーハオ」とバカにしてくるような人たちって、上手くいかない自分の生活への鬱憤や、社会に馴染めない孤立感を、全く関係のない人間にぶつけたいだけ。

要するに、「かわいそうな人たち」なんです。

ニーハオ問題が起こる理由

そもそも彼らは、どうして差別的意識を持ってニーハオと言ってアジア人を馬鹿にしてくるのでしょうか。

あまり掘り下げると、心理学や人間の性善説・性悪説など哲学的な話になってしまうので簡潔に。

注目すべきは、先ほど例を挙げた「数人でニーハオとはやし立ててくる子供たち」。

前の章では「まだ教育課程に身を置いている子供たち」と書きました。
つまり、ある人間が「教育」がされているかされていないかということが、差別的言動や行動を直接的に相手に投げかけるかどうかにつながるのではないかとのぶよは考えます。

多民族国家として、異人種間の共存が進んでいる北米では、人種差別はかなりデリケートな問題です。

子供たちは各家庭から小さなうちから教育をされ、学校でも差別を防ぐための特別授業が行われているほど。また、小さなうちから自分とは外見的特徴が異なる他の子どもと触れ合う機会も多いため、「みんな違っている」ことが普通のことであるという意識がとても強いです。

地域や都市、個人によっては、この限りではありません。あくまでも、一般的な北米の人々のメンタリティーについて言及しています。

一方で、南米やアフリカなどの地域では、北米ほど他民族共存が進んでるとは言い難いのが実情です。

特に、アジア人が珍しい地域では、興味本位からとりあえずニーハオと声をかける人もある程度いるでしょう。彼らが悪意を持ってそれを言っているとは思えません。

現在では異なるバックグラウンドを持つ人々が共存するのが当たり前になってきたヨーロッパ諸国ですが、彼らの歴史は、狭い地域の中にひしめき合った民族の対立や宗教の対立を掲げた戦争の歴史。

まだまだ、自分と異なる外見・文化を持つ人と無条件かつ、完全に理解し合えているとは言い難いのが現状です。
したがって、アジア人などの異人種とあまり関わらずに育った人が偏見を持ってしまったり、差別的行動に走ってしまったりするのです。

以上をまとめると、ニーハオ問題もとい、差別的言動・行動が生まれる理由は

・その人間がちゃんとした教育を受けてきたか
・その人間が多文化に触れられる環境で育ったか

という二点によるのではないでしょうか。

言い換えれば、「人間は元々、自分と異なる人間を差別し排除するようにできている」と言えます。そう、性悪説です。
私たちはその本能を、「教育」や「多文化共存」という言葉や社会的観念で抑え付けているに過ぎないのです。

海外で「ニーハオ」と言われた時の対処法

ここからは、実用的かつ華麗なニーハオ問題への対処法を解説していきます。

とはいっても、すでに述べた「悪意なきニーハオ」と「悪意ニーハオ」によってその対処法は分かれます。

親しみニーハオへの対処法

こちらを中国人だと勘違いして、またはアジア人を一緒くたに捉えた結果の「悪意なきニーハオ」。

のぶよ的ベスト対処法は、「笑顔で“ハロー”と返す」というもの。

もちろんこの笑顔は嬉しさを表すものではなく、ただの皮肉です(笑)

ポイントは「こんにちは」や「アイ アム ジャパニーズ」と返さない点。
後で詳しく解説しますが、相手からすればこちらが日本人であろうが中国人であろうがどうでもいいんです。

考えてみてください。
あなたが日本で西洋系の顔立ちをした旅行者に声をかけるとしたら、なんと言いますか?

 

ほぼ100%の人が「ハロー」と言うのでは。

そこで相手が「ぼんじゅーる」とか「アイム フロム ロシア!」と返してきたらどう感じるでしょうか」。

のぶよだったら「知らねーよ!だから何やねん」ってなります(笑)

「ニーハオ」と言われてわざわざ「日本人であること」を相手にわからせようとするのって、それくらい不毛なことなんです。というか、スマートじゃない。

笑顔で「ハロー」と返すことで、「中国語は話さない」「英語でのコミュニケーションを求めている」ことを相手に理解してもらうことができます。

悪意があるニーハオへの対処法

次は「悪意ニーハオ」に遭遇した場合の対処法について考えていきましょう。

対処法はただ一つ。
「決して無視をせず、不快感を伝える」というもの。

具体的には

・睨みつける
・英語で “WHAT?” と大声で返す。
・日本語でいいから罵る
・中指を立てる(笑)

など、レベルによってさまざまな対処法があります。

共通して言えることは、こちらが不快に感じている、怒っているということを相手に伝えることです。

反対に、絶対にするべきでないのが、笑顔をとってつけること。

どうしていいかわからない時に、その場を乗り切るためにとりあえず笑顔を浮かべる日本人は多いです。
しかし、不快に感じたら、絶対に笑顔を見せてはいけません。

相手はこちらを馬鹿にして「ニーハオ」と言ってきているんです。そこで笑顔を浮かべていたら「馬鹿にされてんのに笑ってて変な奴」と思われることでしょう。絶対につけあがってきますよ、そいつは。

次にその場所を訪れる日本人のためにも、こちらの不快感を何らかの形で相手に伝えるべきです。

「変に反応すると何かされそうで怖い」と思う人もいるでしょう。

しかし、誰かが声をあげて不快感を示さない限り、状況は何も変わりません。

差別的感情を持って「ニーハオ」と嘲って言ってくるようなタイプの人間は、それくらいでしか自分のストレスを発散するすべを持たない小心者。
わざわざ危害を加えてくるような気概もない奴がほとんどです。

黙って中指を立てておきましょう(笑)

日本人も気をつけるべき、外国人差別。

ここまでは、海外で日本人が遭遇する差別、「ニーハオ問題」について考えてきました。

しかし、日本人は常に被害者であるとは限りません。日本にいる外国人に対する差別の加害者となる場合だって十分あるのです。

「ニーハオ問題」に関連して、私たち日本人が気づかぬうちに根付いている差別意識について考えていきましょう。

中国人に間違われることを毛嫌いする日本人

西洋系の顔を見ると「ハロー」と挨拶するように刷り込まれている私たち日本人。
もはや条件反射。「ギブ・ミー・チョコレート!」の世界です。

海外から日本に旅行に来た外国人で「ハロー」と挨拶されて嫌な気持ちになる人は少ないでしょう。
それがイタリア人であろうと、トルコ人であろうと、オランダ人であろうと。

もちろん英語は世界共通語としての地位を確固たるものとした言語。
なので、たとえ英語が母国語ではない人が「ハロー」と言われても、それに目くじらを立てることはないのは理解できます。

しかしながら、中国語は13億人以上に話されている、世界一の話者数を誇る言語です。
英語話者が3~4億人ですから、ぶっちぎりです。

では、何故私たち日本人の多くは、海外で「ニーハオ」と言われることを嫌がるのでしょうか。

アジア人差別意識を含むものが多いからという理由は当然として、中国人に間違われるのが嫌だからという理由も大部分を占めるのではないでしょうか。

それでは何故、私たちは「中国人だと思われる」ことを嫌がるのでしょうか。

私たち日本人が、フランス人とイタリア人、アメリカ人を見た目で判断することが難しいのは、アジア圏以外の国々の人がアジア人の国籍を見極められないのと同じこと。

しかしながら、「ドイツ人に間違われたくないオーストリア人」や「ブラジル人に間違われたくないチリ人」の割合は少ないように感じます。(もちろんその人によって多かれ少なかれ反発する感情はあるでしょうが。)

ここに、ニイハオ問題による被害者意識に隠された、私たち日本人の差別的感情の一端を垣間見ることができます。

日本人の間ではいまだに「日本は他のアジア諸国とは違う」という優越意識があることは、紛れもない事実でしょう。
もちろんかつては世界第二位の経済規模を誇ったアジアの優等生である日本。戦後からの国際社会への復帰・活躍は目覚ましいものがあります。

しかし、日本中が「日本が一番」「欧米に肩を並べる日本」と考えることが推奨されていた時代はもう何十年も前のこと。
少し外に目を向ければ、他のアジア諸国との差はどんどん縮まってきています。

それでも盲目的に「中国人はマナーが悪い、東南アジアは貧しい」などと信じている人が未だにかなりの数いることに、驚きを隠せません。

もちろんマナーが悪い中国人もいるでしょう。貧しい東南アジアの人もいるでしょう。
しかし、そうやって一括りにネガティブなイメージでまとめてしまうのはとても危険なこと。

外国人に「日本人ってみんなひきこもってゲームしてるんでしょ?きもー。」なんて言われたら、どう感じるでしょうか。

また、「日本人であること」に自信を持っている人が多いのも事実。それ自体はとてもいいことなんです。

ただし、わざわざ「私は中国人じゃなくて日本人よ!」とアピールするのは、のぶよ的に全然イケてないと思います。

日本では誰も言わない・話さない、「ナショナリズム」

この、「自分の国が一番」という考え方をナショナリズム(Nationalism)、そう考える人をナショナリスト(Nationalist)と呼びます。
ナショナリストは世界中どこの国にも存在しているのですが、基本的にはある一定の年代以上の人が多いです。

それに対して日本では、中高年(日本が一番という教育を受けてきた世代、日本経済の好調さを享受した世代)のみにとどまらず、若い世代においてもこのナショナリズムを無意識に継承している人の割合がとても多いです。

のぶよはいわゆる「ゆとり世代(20代後半~30代前半)」にあたるのですが、周りの友人たちは完全に「プチ・ナショナリスト」。
「やっぱり日本が一番いいや」「中国とか韓国とか意味わからん」なんて口にするのが普通です。

ナショナリズム自体は悪いことではありません。
自分が生まれた国や所属する社会や文化に誇りを持つことは素晴らしいことですから。

しかしながら、その「誇り」が、他の国や文化を卑下した上に成り立つものであってはいけないのです。

そして、「ナショナリズム」という言葉自体を知らない日本人の如何に多いことか。
直訳では「国家主義」となりますが、十中八九「何それ?」的な反応をされます(笑)

もう少し、自分が持つ思想がどのようなものなのか、それは国際社会においてどのような位置づけであると認識されているのか認識していかなければならないことは明白です。

外国人が、日本で差別されたと感じる言葉

私たち日本人が、海外で差別を受けたと感じることがあるように、海外から日本にやってきた外国人が差別されていると感じる場合もあります。

コンビニの外国人店員に対する客の暴言や、外国人お断りのアパート・お店など表立った差別は今回は除外し、「私たち日本人が気づかずに使ってしまう、外国人差別的言葉・行動」について見ていきましょう。

「ガイジン」問題

外国人に対する差別的表現である「外人(ガイジン)」。
「外人さん」なんていうさん付け表現まであって、注意していなければ普通に使ってしまう人も多いのではないでしょうか。

「日本語だからどうせわからないでしょ。」と侮ってはいけません。

「SUSHI」「KIMONO」「GEISYA」と肩を並べるほど、「GAIJIN」は、海外では知名度がある言葉なんです。

海外の人は、日本における「ガイジン問題」には意外にも寛容に構えている人も多いです。
日本の洗礼だと思っている人もいたり、「ガイジン」である特権を自発的に享受するような人までいます。

しかし、受け取り方がどんなものであろうと、差別用語であることには変わりがありません。
「日本は外国人を、普通に差別用語を使って呼ぶ国」なんて思われたくないですよね。

「ハロー」問題

日本、特に地方部でよくあるのが「ハロー攻撃」です。

外国人を見た小学生くらいの子供たちが、何の意味もなく、「ハロー!ハロー!」と囃し立てた挙句、一目散に逃げ出すというもの。

もちろん挨拶するのはいいことです。先にも述べましたが、英語圏出身でなくても「ハロー」と言われて起こるような人はいませんから。

しかし、「ハロー攻撃」はただの外国人差別でしかなく、彼らを居心地が悪くさせるものでしかありません。

実際にのぶよがカナダから日本を訪れた友人と旅行をしていた時に、「ハロー攻撃」を受けました。

友人が受けた印象は、おそらく私たち日本人が「悪意あるニーハオ」を受けた時と何ら変わりはないものでした。
「なんなのあいつら?なんで親はいないの?どんな教育してんの?」とかなりご立腹。

「子供がしたことだから」なんて考えは通用しません。

「おもてなし」なんて馬鹿馬鹿しい表面的な姿勢で取り繕うよりも、もっと教育をしましょう。「き・ょ・う・い・く」。

「ガイジンさんだからしょうがないね」問題

最後に、私たち大人でも知らず知らずのうちに言ってしまっている差別的言動について触れます。それは、

「ガイジンさんかあ、じゃあしょうがないねぇ~。」

といった、「外国人だから日本(日本文化)について知らなくて当たり前」という偏見に基づいたもの。

私たち日本人が想像する以上に、日本の文化は世界中で認知されており、それに触発されて日本語を勉強し、ある程度話せるようになった状態で日本に来る外国人もかなり多いんです。
中には、私たち日本人でさえ知らないような伝統文化や工芸、アニメなどのポップカルチャーを深く愛する外国人までいます。

彼らはなにも初めから日本語が話せ、日本文化に対する知識を持っていたわけではありません。
彼らなりに努力、勉強をして、獲得したのです。

しかしながら、日本語や日本文化は、彼らが二次的に会得したもの。どうしても日本で生まれ育った我々に比べて及ばないこともあるかもしれません。

それを、「ガイジンさんだから」の枕詞で片付けられたら、彼らはどう感じるでしょうか。

個人的な話になりますが、カナダに住んでいた際に、自分ではかなりカナダ(というかケベック)の文化・言語を理解していたつもりでも、「カナダ人じゃないからわからないよねえ~」と言われたときに、差別とまでは言わないもののかなりの疎外感を感じたことを覚えています。

「別に外国人がどう思おうとどうでもいいや、俺日本人だし。」なんて考える人は、とにかく自分が生まれ育った文化圏から出て、生活してみてほしいです。
それがどれだけ狭い視野に基づいた、凝り固まった考えであるのか身をもって実感するためにも。

おわりに

長々と書き連ねてきましたが、「ニーハオ問題」は私たち日本人だけでなく、他の中国語圏以外のアジア諸国の人々も同様に感じているもの。

悪意のある「ニーハオ」には、毅然として対応することがポイントです。

変な「私は日本人だから!」アピールはぶす。スマートに対応しましょう。

 

また、ニーハオ問題から考える、私たち日本人が外国人に対して持つ差別的意識についても考察しました。

差別や偏見は、世界中どこにでもあるもの。
「みんなが仲良く手を取り合って生活している国」なんてものは、この地球上には存在しません。それこそ、人間の性悪説の話に戻ってしまいます。

ある人間の出身や容姿だけで偏見を抱いてしまうなんて本当に馬鹿らしいこと。
そんな考え方を変えるためには、とにかく自分の足で世界を歩き、自分と違う容姿・考えの人により多く出会うしかないのではないでしょうか。

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