こんにちは!トルコ中央部のコンヤに滞在中、世界半周中ののぶよ(@nobuyo5696)です。
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「祈りの町」と呼ばれ、トルコ国内はおろか、イスラム圏から多くの宗教観光客が訪れるコンヤ(Konya)。
その信仰&観光の中心的存在であるのが、メヴラーナ博物館です。
メヴラーナ博物館は現在でこそ博物館として宗教色を弱めた形で存在しているものの、もともとは13世紀に設立されたイスラム教神秘主義メヴレヴィー教団(Mevlevi)の総本山であった場所。
「教団」や「総本山」などと聞くと、なんだか胡散臭く思ってしまうのが私たち日本人の常。
しかし、ここはそんな怪しい場所ではありません。
「メヴレヴィー教団」や「神秘主義」と聞いてピンと来なくても、「トルコの旋回の舞」と聞くとイメージが浮かぶ人も多いのではないでしょうか。
現在でこそトルコ全国で見ることができ、観光客向けに行われているこの旋回の舞。
正式名称を「セマー儀式」と言い、もともとは(というか現在でも)このメヴレヴィー教団の宗教的儀式なのです。
今回の記事では、セマー儀式の本場・コンヤにあるメヴラーナ博物館で学んだ、セマー儀式の成り立ちや歴史、思想を紹介していきます。
セマー儀式とは?その成り立ちと歴史
セマー儀式の歴史は800年近く前まで遡ります。
日本では「旋回の舞」などと呼ばれますが、観光客向けのショーや何かと勘違いするのはご法度。
というのも、セマー儀式は昔も今も、宗教的意味合いを持った文字通りの「儀式」であるためです。
イスラム教の神秘主義(スーフィズム)と密接な関わりを持つセマー儀式。
まずは、その成り立ちと歴史について学んでいきましょう。
メヴラーナと呼ばれた詩人・ルミの一生
セマー儀式が生まれたのは、13世紀半ば、ある人物の存在によるものです。
彼の名は、ジャラル・ウッディン・ルミ(Djalāl ad-Dīn Rûmî)。
多くの詩や書物を残した、イスラム界で知らない者はいないほど有名な詩人・思想家です。
1207年にバルフ(現在のアフガニスタン)で生まれたルミは、当時東方からの脅威とされていたモンゴル軍の襲来から逃れるように、家族に連れられてアナトリア半島(トルコのアジア側)へと移住しました。
聖地・メッカへの巡礼を済ませた後に、アレッポやダマスカス(現在のシリア)を転々としたルミ一家が、最終的に1240年に定住したのがコンヤ。
イスラム教神秘主義者でありイマム(宗教者)であった父、バハアルディン・ワラド(Baha’al-Ddin Valad)の影響で、ルミ自身もイマムとして働く傍ら、当時書き言葉の共通語であったペルシャ語で自作の宗教詩を作成し始めました。
父親の影響で少なからず神秘主義の影響を受けていたルミの運命を定めることとなったのが、同じくイスラム教神秘主義者であるシャムス・アルディン・タブリージ(Shams al-Din Tabrizi)との出会いでした。
シャムスを師としたその後のルミの作風には、イスラム教神秘主義の影響がより顕著に見られるようになります。
1247年にシャムスが死去すると、ルミは瞑想と作詞により一層集中するようになります。
スーフィズムの考え方である、自分の存在からの解放と神との一体化というテーマに基づいた作品の多くは、当時のトルコ、ペルシアのイスラム社会で有名になり、ルミ自身も「メヴラーナ(Mevlana=私たちの師)」と呼ばれるほどの著名な人物となります。
神秘主義とは
神秘主義とは、神の存在を人間の知覚で認識することができないことを認めたうえで、その知覚を超越する何らかの方法を用いて、直接神との一体化を目指す宗教上の考え方のこと。
イスラム教の神秘主義はスーフィズム(Sufism)、神秘主義者をスーフィ(Sufi)と呼びます。
後述しますが、メヴラーナ教団においては、旋回し続けてトランス状態のようになることが、神と自身を一体化するための「何らかの方法」にあたります。
神秘主義はイスラム教に特有なものではなく、神と一体化する方法こそ異なれど世界中の宗教や哲学に見られるもの。
インドのヨガなどもその一つの例です。
ルミの死後生まれたセマー儀式
1273年12月17日、ルミは息を引き取り、ようやく神アラーと精神的に完全に一つになることとなります。
彼の息子であるスルタン・ワラド(Sultan Valad)は、ルミが詩の中で表現したスーフィズムの世界観を広めるためのセマー儀式という表現方法を確立。
ルミを崇拝する信者たちはメヴレヴィー教団を成立させ、アナトリア全体にその知名度を広げることに成功します。
その後のオスマン帝国支配時代は、トルコ全体でセマー儀式の会場が整備され、メヴレヴィー教団の黄金時代ともいうべき華やかな時期。
当時のスルタン(皇帝)の間でも神秘主義は脈々と受け継がれており、各セマー儀式の会場の装飾を指揮したり教団に援助をしたりと、宗教的意味合いだけでなく政治的な影響が介入し始めることとなります。
こうして長きに渡って独自の発展を続けてきた、トルコの神秘主義とセマー儀式。
しかし、オスマン帝国がトルコ帝国に取って代わられた20世紀、建国の父、ケマル・アタテュルクにより、神秘主義は「国家発展の障害となるもの」とされ禁止されることとなります。
その後は、宗教的な意味合いが弱められたセマー儀式。
伝統文化という扱いのもと、現在に伝えられています。
セマー儀式の宗教的意味合い
先述の通り、セマー儀式はイスラム教の神秘主義と密接な関係があります。
イスラム教神秘主義における最大のテーマは、「自分自身の存在の解脱」。
神秘主義の考え方では、「この世に存在するあらゆるものは、物質、生物にかかわらず、日々自然に誕生と解脱を繰り返している」とされます。
例えば、私たちの体を流れる血は体内を循環しては新しいものとなり、死ぬまでそれは続きます。
他の生き物でもそうですし、物質においても永遠に存在し続けられるものなどありません。
全てのものは土に還り、そこからまた新しいものが生まれるのです。
しかしながら、これら他の生き物や物質と私たち人間の間には一つだけ大きな違いがあります。
それは、この日々繰り返される誕生と解脱を意識的に行えるか(捉えられるか)否かという点。
セマー儀式は、この「自身からの解脱」をして「神との一体化」を意識的に行うためのもの。
人間を形作る三つのもの(思考、心、肉体)の全てから解放されるために、一心不乱に旋回を続けあえてトランス状態に自身を陥らせることで、「神との一体化」という最終目標への一時的な旅を作り出すのが本質なのです。
セマー儀式における独特の衣装や作法、音楽の全てには、できる限り神に近づくための細かな意味合いがあるのも特徴的。
実際にそれらを理解したうえでセマー儀式を鑑賞するのが理想的です。
コンヤのセマー儀式
トルコの神秘主義の総本山的存在であるコンヤでは、毎週土曜日の夜(19:00~)、中心街東側にあるメヴラーナ・カルチャーセンター(Mevlana Kültür Merkezi)にてセマー儀式が開催されています。
観光客向けではないものの一般に開放されており、2019年夏までは完全無料で見学できたそうなのですが、2019年12月現在は有料(日によって料金は変動)&事前にオンラインで予約する仕組みとなりました。
予約のサイトは上手く動かず、当日直接行っても入場できないという謎のシステム。
せっかくコンヤまで来たのに、本場のセマー儀式が見られないのはかなり残念です。
噂では、ブルサ(Bursa)という町で無料でセマー儀式が見られる場所があるとのことなので、現地に行った際にまたレポートします。
いざ、コンヤのメヴラーナ博物館へ
セマー儀式が生み出された最大の理由であるルミの存在。
彼が四十数年間暮らしたトルコ中部・コンヤ(Konya)にあるのが、セマー儀式の歴史や背景を学ぶことができるメヴラーナ博物館(Mevlana Müzesi)です。
メヴラーナと呼ばれて人々に敬われた偉大な詩人・ルミが眠るのはこの博物館内の霊廟。
現在でもイスラム界では聖人のような扱いで敬われているルミの棺を見ようと、多くの人々が一年を通して訪れる場所です。
↑霊廟内ではコーランを読む現役の信者も
観光名所というよりも宗教的な性格が強いのですが、私たち観光客でももちろん入場可能で、ルミが築いた神秘主義のメヴレヴィー教団の美しい文化の一端を感じることができます。
博物館の建物は、メヴレヴィー教団総本山として13世紀に建設されたもの。
現役で使われてはいないものの、かつて儀式が行われた空間や参加者の宿舎などがそのまま残っています。
博物館内は大きく二つのエリアに分かれています。
・ルミが眠る霊廟がある建物
・セマー儀式参加者の宿かつての宿舎
この二つのエリア別に、主な見どころを紹介していきます。
ルミが眠る霊廟がある建物
メヴラーナ博物館のハイライトであり、最も多くの人々が集うのが、緑の塔が目印の広大な建物。
1273年建造のこの緑の塔はメヴラーナ博物館だけではなく、コンヤの町を象徴する風景としても有名です。
↑多くの人で賑わう霊廟入口
霊廟部分はセルジューク朝時代の建設ですが、併設されているセマハネとモスク部分は後のオスマン帝国時代になって増築されたもの。
メフメト1世やスレイマン1世、セリム1世など著名なスルタンも神秘主義者で、この場所の増設や装飾に関わったとされています。
ティラヴェット(読経部屋)
霊廟の入口を入ったところにある小さな空間が、ティラヴェット(Tilavet)と呼ばれるコーランを詠むための読経部屋。
この先にある霊廟とを仕切る扉には、「ここから入る不完全な者は、完全となってこの場所を出る」と刻まれています。
四月の器
ティラヴェットから霊廟内部に入ったところの左側に飾られているのが、四月の壺(Nisan tası)と呼ばれる黄金の水がめ。
その名の通り、4月に降る雨の水を集め、貯めておくために使われたものです。
四月は、「解脱と誕生」がテーマの神秘主義において、誕生の象徴となる月。
その時期に降る雨は、あらゆる病を癒す効果があるとされていたそうです。
ニヤスの窓
四月の器の反対側にある小さな窓は、ニヤスの窓(Niyâz Penceresi)と呼ばれるもの。
窓の外側には小さな空間があり、かつてセマー儀式の参加者は霊廟内に入る前にこの窓の外側で旋回の舞をしたそうです。
ニヤスの窓の上部には、セマー儀式参加者が着用するシッケ(Sikke)という帽子とペルシア語でルミにあてた言葉が描かれています。
ルミの棺
ニヤスの窓の隣にある空間の壁や柱、天井は、他の空間に比べてかなり豪華に装飾されています。
こちらが、人々の信仰を一身に集めるルミが眠る棺がある場所。
他にも、彼の息子であるスルタン・ワハドや他の著名なセマー儀式の踊り手が眠る棺も併設されています。
棺の上にあるのが、布を何重にも巻いた白いターバン。
このターバンの巻かれた回数は、中で眠る人々がどこまで精神的境地に達したかを表しているそうです。
セマハネ
ルミの棺の先にある空間は、セマハネ(Semâhâne)と呼ばれるもの。
そう、ここがセマー儀式が行われていた場所です。
正方形の空間は大きめの窓に囲まれており、思っていた以上に開放的な雰囲気です。
セマハネにはセマー儀式やコーランに関する展示がされており、9世紀に書かれたコーランなど興味深いものが多々あります。
こちらは、世界で二番目に小さいとされるコーラン。
腕時計の文字盤ほどの大きさしかない箱の中には、びっしりと文字が書かれていて圧巻です。
マスジド
セマハネを抜けた先にある建物内の最後の空間が、マスジド(Masjid)と呼ばれるモスク部分です。
セマハネと同様にオスマン帝国時代に増築された部分で、祈りを捧げる信者が次から次へとやってくる神聖な雰囲気です。
信者たちの宿舎を改装した博物館で学ぶセマー儀式
ルミの墓がある建物の向かいに建つ平屋が、セマー儀式参加者の宿舎として利用されていた博物館エリアです。
かなり小さな各宿舎内部は異なったテーマの展示がされており、信者たちの生活や儀式に使われる道具など、セマー儀式の背景にある文化を学ぶことができます。
マトバー(調理場)
宿舎の橋にある建物が、マトバー(Matbâh)と呼ばれる調理場。
かつてこの地で信仰とともに生活をしていた信者たちは、食事に関して18もの役割分担がされていたそう。
買い出し担当や皿洗い、調理担当は当然のこと。
テーブル掃除担当や外の蝋燭をともす係、果ては調理場内の蝋燭を見守る係まで、「それ、本当に必要?」と思われる役職もありました。
調理場に併設されていたのが、セマー儀式を練習するスペース。
きっと暇そうな蝋燭見守り係などが練習させられていたのでしょう。
信者たちの衣装や内装などの細かい部分まで見事に再現されており、当時の生活の様子が想像できます。
セマー儀式の楽器
いくつかの部屋では、セマー儀式に必要不可欠な音楽を奏でる楽器が展示されています。
ネイ(Ney)と呼ばれるフルートのような細長い楽器。
クドゥム(Kudum)という太鼓のような打楽器。
タンブル(Tanbur)という弦楽器。
いずれもセマー儀式のみならず、伝統的なトルコ音楽にも用いられるもの。
こうした点からも、セマー儀式の基である神秘主義がいかにトルコの文化に根付いたものであるのか想像できます。
セマー儀式用のランプ
日が暮れてから行われるセマー儀式では、ランプが灯すほのかな灯りも重要なものの一つでした。
細かい装飾がなされたランプもいくつか展示されており、どれも素晴らしい状態で残っています。
その他信者たちの持ち物
↑びっしりと文字が書かれたシャツ。耳なし芳一の話を思い出したのはのぶよだけではないはず。
博物館内には、他にもセマー儀式参加者たちがここで生活をする際に利用していた道具類の展示がされています。
こちらは、内部が空洞になった楽器のようなもので、信者が他の町へと旅をする際に、目的地が近づくとこれを吹き鳴らして自身の到着の合図を送ったそうです。
いわば、トルコ版ほら貝といったところでしょうか(笑)
こちらの鉄製のスティックは、買い出し担当の信者が身に着けていたもの。
これを身に着けている=セマー儀式参加者の買い出し担当というサインで、商人は彼を煩わせないようにできる限り迅速に、安価で物を売ったそうです。
いわば、トルコ版もんどころ(水戸黄門のやつ)のようなものでしょう。
↑買い出し担当の人
「セマー儀式を見たいけど、わざわざコンヤまで行くのもなあ…」と思ったあなた。
イスタンブールやカッパドキアでもセマー儀式は開催されています。
カッパドキアの場合はかなり観光客向けで料金も高めですが、イスタンブールではかなりリーズナブル。トルコならではの体験となるはずです。
おわりに
↑敷地内には教団に属していた信者の墓も多く残る
トルコ=イスラム教というイメージがありますが、イスラム教とひとことで言ってもかなりのバリエーションがあるもの。
セマー儀式に象徴される神秘主義もそのうちの一つで、世俗主義のトルコでさえ人々の間に根強く馴染んでいるものです。
(普段意識はしないものの、私たちの生活に仏教や神道の考え方が根付いていることと同じようなものです。)
何も知らないでセマー儀式に出席しても、ただおっさんたちがくるくる回っているだけの謎すぎる光景にしか見えないでしょう。
セマー儀式鑑賞の前に、できればその背景にある歴史や文化を学んでおくべきだと強く思います。
今回紹介したメヴラーナ博物館があるコンヤは、「トルコで最も信仰心が深い」と言われる町。
静寂に満ちた、凛とした雰囲気の町自体にも魅力があるので、メヴラーナ博物館見学を終えたら是非散策してみましょう。
インフォメーション
メヴラーナ博物館(Mevlana Müzesi)
営業時間:全日9:00~16:30
料金:無料
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