こんにちは!アルメニア南部のヴァヨツ・ゾール地方をのんびりと旅行中、世界半周中ののぶよ(@nobuyo5696)です。
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ヴァヨツ・ゾール地方の中心的な町として機能するイェゲグナゾールの周辺には、知名度は高くないものの中世アルメニアの歴史を現在に伝える珠玉の見どころが点在しています。
今回紹介するのは、そんなイェゲグナゾール周辺における栄光の歴史を象徴するスポット。
13世紀に黄金時代を謳歌した、タナハト修道院(Tanahat monastery/Թանահատի վանք)です。▼

タナハト修道院は、ヴァヨツ・ゾール地方らしい緑の丘陵地帯にぽつりとたたずむ聖地。
真っ黒な石で統一されたシックな外観が特徴的で、建設当時にこのエリアで大きな権力を握っていたプロシアン一族の美意識がぎゅっと詰まった彫刻の数々が特徴的です。
また、タナハト修道院はかつて中世アルメニアのトップレベルの大学を併設していたと考えられている場所。
グラゾール大学(Gladzor University/Գլաձորի Համալսարան)と呼ばれる750年前の学びの場は、その姿こそほとんど残っていないものの、かつて大学で使用されていた資料やアート作品が多く残っています。


というわけで今回の記事は、タナハト修道院とグラゾール大学ミュージアムの観光情報。
いずれの場所も、日本人的には背景も歴史も全く知られていないものだと思うので、13世紀当時のアルメニアにおける時代考証も含めて、分かりやすく解説していきます!
タナハト修道院&グラゾール大学とは?観光の基本情報

タナハト修道院とグラゾール大学は、二つで一つの見どころであると考えるのが最もシンプル。
建設されたのはタナハト修道院の方が先ですが、修道院の敷地に併設する形で大学が開設されたと考えられており、現在も大学の建物の跡地が修道院の敷地内にあるためです。
注意したいのが、グラゾール大学に関する展示を行うグラゾール大学ミュージアムは、タナハト修道院&グラゾール大学跡から離れた場所に位置している点。
ミュージアムの建物は、タナハト修道院から5kmほど西にあるヴェルナシェンという村に位置していますが、この建物自体はかつてのグラゾール大学とは関係がありません。
タナハト修道院&グラゾール大学ミュージアム観光マップ
黄色:イェゲグナゾール~ヴェルナシェン間マルシュルートカ始発/終点ポイント
タナハト修道院&グラゾール大学ミュージアムの歴史

タナハト修道院の起源は、5世紀頃(1600年前)に遡ります。
当時はアルメニアが世界最古のキリスト教国となり、それ以前の精霊信仰の祠が続々とキリスト教の教会などに建て替えられていった時期。
元々、アナヒト(Anahit)という知恵と癒しを司る女神に捧げられた祠が建っていた場所に、小さな教会が建てられることとなり、この「アナヒト」という女神の名が現在の「タナハト」の語源となっていると考えられています。
それ以降も、中世初期全体を通してタナハト修道院は改築・増築が進められていたのですが、この場所の歴史が大きく動いたのが1279年のこと。
当時、アルメニア中部地域で絶大な権力を誇っていたプロシアン一族によって、現在にも残る聖ステパノス教会が建設されたのです。▼

「プロシアン一族」というのは、中世アルメニアにおける三大権力者のひとつ。
12世紀~13世紀のアルメニアは、北部をザカリアン一族が、南部をオルベリアン一族が支配しており、プロシアン一族は主にアルメニア中部地域で絶大な権力を握っていました。
13世紀はモンゴル軍の襲来などアルメニアにとって厳しい時代でしたが、プロシアン一族は危機をどうにか乗り越えながらキリスト教文化のさらなる発展に尽力しました。
プロシアン一族といえば、石の加工技術や彫刻の素晴らしさに定評があるもの。
世界遺産のゲガルド修道院内の傑作とされる彫刻もプロシアン一族によるものですが、ここタナハト修道院の外壁にも精巧なレリーフがいくつも残されています。

聖ステパノス教会の完成とほぼ時を同じくして、タナハト修道院の敷地に1280年に開設されたのがグラゾール大学。
中世アルメニアにおける最高の学府の一つであり、タテヴ修道院に併設されたタテヴ大学と合わせて「アルメニアの二大大学」とされていたほどだったそうです。
グラゾール大学では、文学や哲学、美術など、合計七つの分野で教育が行われていたそう。
大学の教師陣の顔ぶれも豪華で、ノラヴァンク修道院の建造に大きく関わった彫刻家・モミク(Momik)もここで教鞭を取っていたのだそうです。


グラゾール大学が機能していた期間は短く、1340年には学びの場としての機能を失ってしまいます。
その後は度重なる異民族の侵入や、地震などの自然災害によって大学の建物は崩壊してしまい、当時の貴重な資料の多くも焼失してしまいました。
現在、グラゾール大学に関する展示が行われているグラゾール大学ミュージアムには、焼失を免れた貴重な教科書や、当時学生たちが使用していた文具などの展示が。
かりそめの黄金時代を謳歌した中世の学びの場の栄光と、当時の人々の美意識の高さを感じることができます。
タナハト修道院&グラゾール大学ミュージアム観光の所要時間&周りかた
タナハト修道院とグラゾール大学ミュージアムの見学・入場は、いずれも無料。
グラゾール大学ミュージアムに限っては、水曜から日曜の9:00~17:00のみ開館という謎のスケジュールであるため、月曜と火曜は観光に向かない点に要注意です。
観光に必要な時間は、タナハト修道院が30分~40分ほど/グラゾール大学ミュージアムが20分ほどと短め。
イェゲグナゾールからの往復の移動時間を考えても、数時間~半日で十分満喫することができます。
タナハト修道院

真っ黒な石造りの外観が印象的なタナハト修道院(Tanahat monastery/Թանահատի վանք)は、13世紀後半建造の聖地。【マップ 青①】
現在は修道院としての機能を失っており、タナハト修道院の敷地内には修道僧は生活していません。
そのため、修道院には人影はほとんどなく、静寂に包まれた厳かな雰囲気が漂うだけ。
周囲の山々の美しい風景を見守るかのように、ぽつりとたたずむ姿が神々しいです。
聖ステパノス教会

現在のタナハト修道院には二つの教会が残り、それぞれが隣り合ったような造りになっています。
二つの教会のうち大きな方が、聖ステパノス教会。
完成は1279年のことで、現在敷地内に残る建物の中では最古の歴史を誇ります。
聖ステパノス教会は、傘のようにぎざぎざしたドーム屋根部分や、十字架型の敷地など、中世アルメニアの宗教建築における定番の様式。
独特なのが、外壁の至るところに設置されたレリーフの数々です。▼


レリーフのモチーフは、全てプロシアン一族の紋章を現したもの。
ライオンと牡牛のレリーフや、鷲と羊のレリーフ、鳩のレリーフなど、どれも動物がモチーフとなっています。
いずれのレリーフもやや高い場所にあり、近くでじっくり観察するのはやや難しいですが、750年前に刻まれたものとは思えぬほどの精巧さや状態の良さに驚くことでしょう。

聖ステパノス教会の外壁に施されたレリーフの数々は、中世アルメニアで建設された数多くの教会の中でも最高傑作の装飾と評価されているもの。
当時この地域を治めたプロシアン一族の並々ならぬこだわりと、技術の高さに息を呑みます。


聖ステパノス教会の内部は、外壁とは対照的に、ほとんど装飾のない無骨な造り。
内壁もすべて黒い石で統一されているため、どこかシックでミステリアスな雰囲気が醸し出されています。
聖ヌシャン教会

聖ステパノス教会の北側にくっついたように立っているのが、聖ヌシャン教会。
聖ステパノス教会完成の直後に建設されたとされ、こちらはシンプルな一層構造のこぢんまりとした様式です。
聖ヌシャン教会で見逃せないのが、入口上部に設置された石のレリーフ。▼


このレリーフは、馬に乗ったプロシアン一族の王子がライオンに槍を突き刺しているシーンが表現されたもの。
上部には孔雀のような鳥の姿も確認できます。
当時のプロシアン一族の権力の強さを象徴するような力強いモチーフと、精巧に刻まれたレリーフ。
これをくぐって中に入ると、聖ヌシャン教会の礼拝堂部分が広がります。

聖ヌシャン教会の内部は、装飾がいっさいされていないシンプルな空間。
床から天井に至るまで真っ黒な石が詰まった空間は、長い歴史を感じさせます。
グラゾール大学跡

タナハト修道院を訪れると、二つの教会を南北から挟むように、石を積み上げた建物の土台のようなものが残っているのが目に入るはず。
この土台こそが、中世アルメニアにおけるトップレベルの学舎であったグラゾール大学の跡です。
グラゾール大学に関してはいまだに解明されていないことも多く、現在でも発掘作業が行われています。
しかし、このタナハト修道院に併設されていた建物こそが、グラゾール大学のメインの部分であったと考えられているそうです。


グラゾール大学跡にはいっさいの案内はなく、どこに何があったのか…などはまったく分からない状態。
大学の規模はそこまで大きくはなかったようで、生徒数は最大で350人ほどだったそうです。

▲敷地の最も南側の一角には、何やら円を描くような建造物の土台が。
これは、この場所に元々あった精霊信仰の祠に替わって建設された5世紀の礼拝堂の跡であると考えられているのだそう。
もはや原型をほとんど留めてはいませんが、この場所こそがタナハト修道院の始まりの地だと言えるでしょう。
グラゾール大学ミュージアム

タナハト修道院敷地内のグラゾール大学跡には、いっさいの展示はありません。
13世紀当時にどんな教育がされ、どんな学生生活が営まれていたのか…
それらを知るためには、タナハト修道院から5kmほど西にあるヴェルナシェン村のグラゾール大学ミュージアム(“Gladzor University” Historical-Cultural Museum-Reservation/«Գլաձորի Համալսարան» պատմամշակութային արգելոց-թանգարան)を訪問する必要があります。【マップ 青②】
グラゾール大学ミュージアムは、元々ヴェルナシェン村にあった教会の内部を利用した小さな博物館。
外観も内装も教会そのままであり、ミュージアムと祈りの場の機能をいずれも有するという、なかなかに珍しい場所です。


剥き出しの石造りが特徴的の美しい外観のミュージアム。
その入口に並ぶ七つのモニュメントは、かつてグラゾール大学で教えられていた七つの科目を現しているのだそうです。
ミュージアム内部は、アルメニアの教会建築の美しさを存分に活かした空間。
祭壇などはそのままに残されており、左右の通路部分が主な展示スペースとなっています。▼

グラゾール大学で使用されていた資料や教科書の大半はすでに焼失してしまっていますが、現在に残るもののうちほとんどは、この場所ではなく別の大きなミュージアムで展示されているそう。
首都エレバンの必見スポットである古文書博物館・マテナダランにも、グラゾール大学の教科書の展示があります。
しかしながら、グラゾール大学ミュージアム内にもいくつかオリジナルの教科書の展示はあり、そのいずれも素晴らしいクオリティーです。▼


グラゾール大学が機能していた13世紀後半は、活版印刷技術が発明されるよりも前。
そのため、教科書内の文字や挿絵、デザインなどはすべて一枚一枚手描きされたものなのです。

とてつもなく貴重な当時の教科書や、当時の学生が使用していたペンや定規などの文具の展示はどれも圧巻。
コレクションの数こそ多くはないですが、それぞれの展示物の貴重さは計り知れません。
また、こうした本の挿絵やデザインなどを細かく見ていくと、中世アルメニアにはどういった文化が根付き、どういった芸術的感性や美意識が人々の間で息づいていたのか、感じることができます。▼


日本人的には「アルメニア=世界最古のキリスト教国=ヨーロッパ世界の一部」とイメージする人が多いかもしれませんが、こうした展示を見ていくとそのイメージは大きく変わるはず。
色使いやモチーフ、人々の顔の造形などあらゆる面において、中世アルメニアはアジアや中東、ペルシア文化世界の一部であったことが一目瞭然なのです。
ヨーロッパでもアジアでもない微妙な場所に位置するアルメニアという国の、なんとも言えない「絶妙に混じり合った感」が、750年の時を超えて現在の私たちに伝わってくることの素晴らしさ…
上で紹介した以外にも多数の古文書や資料がミュージアム内には展示されているので、ぜひとも自分の目で感じ取ってほしいです!
タナハト修道院へのアクセス・行き方

タナハト修道院&グラゾール大学ミュージアムへのアクセス拠点となるのは、イェゲグナゾール一択。
サクッと周るならタクシーを往復チャーターするのが最もシンプルですが、途中のヴェルナシェンという村まではマルシュルートカ(乗り合いのミニバス)も出ているので、個人でアクセスするのも比較的難易度が低めです。
①タクシー
最も簡単に移動できるのが、タクシーの利用。
イェゲグナゾール中心部には客待ちのタクシーが多く待機しているので、タナハト修道院&グラゾール大学ミュージアムへの往復+観光待機時間を含めて料金交渉すればOK。
もしくは、Yandex等の配車アプリも対応エリア内なので、サクッと配車するのもアリです。
・イェゲグナゾール~タナハト修道院&グラゾール大学ミュージアム往復&観光時の待機時間:3000AMD(=¥1200)
・タナハト修道院&グラゾール大学ミュージアム&スピタカヴォール修道院周遊:10000AMD(=¥4000)~
タナハト修道院とグラゾール大学ミュージアムをタクシーで周っても、イェゲグナゾールからの移動を含めて所要時間は2時間ほど。
もし、さらに北に位置するスピタカヴォール修道院などの見どころもセットで周りたい場合は、交渉次第で一日かけて周遊することも可能です。
②マルシュルートカ+徒歩

タナハト修道院の玄関口であるヴェルナシェン(Vernashen/Վերնաշեն)の村までは、イェゲグナゾールから平日のみマルシュルートカが頻発しています。
イェゲグナゾール→ヴェルナシェンは、距離的には5kmほどと歩けないこともないのですが、結構な上り坂となっているのがネック。
体力と時間を節約するためにも、マルシュルートカ利用が断然おすすめです。

イェゲグナゾール側の発着ポイントは中心街のバスステーションから。【マップ 黄色】
20分ほどかけてヴェルナシェン村の中心部に至ったマルシュルートカは、折り返して再びイェゲグナゾールへ戻る単純なルートを取ります。

▲イェゲグナゾールを出発してゆるやかな坂道をガタゴトと登ったマルシュルートカが到着するのは、ヴェルナシェン村の中心部のちょっとした広場。【マップ 黄色】
ここがこの便の終点となり、マルシュルートカはイェゲグナゾール方面へと折り返します。
ヴェルナシェン村のマルシュ終点からグラゾール大学ミュージアムまではたったの300mほど。
タナハト修道院までは5kmほどの道のりで公共交通機関はないため、ここから先は徒歩で移動することになります。


▲グラゾール大学ミュージアムが位置する場所には、スピタカヴォール修道院やプロシャンベルド城塞方面への分岐点が。
この分岐点をさらに東へと延々と歩いて、タナハト修道院を目指します。
ヴェルナシェン村~タナハト修道院間は、片道5.0km/1時間20分ほどの道のり。
アップダウンが比較的多めの田舎道で、意外と体力を使うかもしれません。

この区間は交通量は少ないものの、通る車の100%はタナハト修道院やその先の小さな村へと向かうので、サクッとヒッチハイクで移動するのもアリ。
というか、外国人が一人で歩いていると、ほぼ確実に誰かが停まって乗せてくれると思います。
おわりに
中世アルメニアの学問と文化の残り香が漂う、タナハト修道院とグラゾール大学ミュージアムの観光情報を解説しました。
アルメニアの中でもかなりマイナー&マニアックなスポットではありますが、当時の歴史に興味がある人にはぜひ訪れてほしいです。
カルチャー面での魅力はもちろんのこと、タナハト修道院は周辺の雄大な自然風景も魅力的。
ヴァヨツ・ゾール地方の美しい大地の景観を、心ゆくまで味わいましょう!
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