こんにちは!アルメニア滞在を満喫中、世界半周中ののぶよ(@nobuyo5696)です。
(世界半周についてはこちらの記事へどうぞ。)
首都のエレバンから西に30kmほど。
乾ききった茶色の大地の中に突如として現れる白亜の建物があります。
この場所の名は、ジアラット寺院(Ziarat Yazidi Temple / Զիարատ տաճար)。
まるで宮殿やお城を思わせるような、優雅で美しい佇まいの建造物は、なんと世界最大のヤジディ教の寺院なのです。
ジアラット寺院が建つアクナリッチ村(Aknalich / Ակնալիճ)にはヤジディ教徒が多く生活し、アルメニアにあるにもかかわらず、まるで別の国に来てしまったかのような感覚になります。
「どうしてこの場所にヤジディ教の寺院が?」
「そもそも、ヤジディ教って?」
さまざまな疑問が生まれるミステリアスなスポットを紹介していきます。
なぜアルメニアにヤジディ教寺院が?見学前の基礎知識
ヤジディ教とは?
「ヤジディ教」と聞いて、どんな宗教でどんな人々に信仰されているのかイメージが浮かぶ人は少ないのではないでしょうか。
ヤジディ教の特徴をザックリと知るなら、ポイントは以下の3つ。
①太陽神信仰
②キリスト教やイスラム教成立以前から存在する宗教
③孔雀天使マラク・ターウース
順番に解説していきます。
①太陽神信仰
ヤジディ教(Yazidi /「ヤズィーディー教」「ヤズディ教」とも)とは、太陽神ミスラを信仰の対象とする一神教のこと。
つまり、太陽を絶対神とみなして祈りを捧げる宗教です。
イラク北部の山岳地域発祥とされ、主にアルメニアやイラン、トルコ東部など複数の国にまたがって居住するクルド人の一部によって信仰されています。
・他の宗教から/への改宗を認めない
・(キリスト教→聖書/イスラム教→コーランのような)教典が存在しない
・年長者から子供へと教義を口承で受け継ぐ
など、排他性・秘密性が高く、信者以外にはその全容がなかなか掴めないヤジディ教。
発祥や成立過程において謎に包まれた点がいまだに多くあり、「ミステリアスな宗教」という印象を強めています。
②ヤジディ教の成立
ヤジディ教の絶対神である太陽神ミスラとは、古代インド神話が発祥とされる神のこと。
紀元前6世紀(2500年前)に成立したアケメネス朝ペルシア帝国(現在のイラン)で、多神教であるゾロアスター教においても神の一つとして盛んに信仰されていました。
言うまでもなく、これはキリスト教やイスラム教が成立するより数百年以上も前のこと。
アケメネス朝ペルシア帝国の影響力が、メソポタミア(現在のイラク)北部の山岳地帯へ及んだ際に、土着の信仰と混ざり合ってできたのがヤジディ教の原型だと考えられています。
その後、ヤジディ教が信仰されていたイラク北部と地理的に近いエルサレムで生まれたのが、キリスト教やイスラム教。
ヤジディ教もこれら各宗教の影響を受け、元々の形から少しずつ変容していきます。
③孔雀天使
ヤジディ教で特徴的なのが、太陽神ミスラに次いで重要な信仰対象であるマラク・ターウース(Tawusê Melek)。
孔雀の姿をした天使で、ユダヤ教に出てくる人類の祖・アダムを創造したとされています。
(このあたりからも色々な宗教が混ざっているのがわかる) ▼
孔雀が尾を広げた姿が、絶対神である太陽と似ているため、信仰対象となったことは想像がつきます。
しかしこのマラク・ターウースこそが、のちにヤジディ教徒が悲劇的な運命をたどることとなった原因のひとつでした。
のちにイラク北部やアルメニア、トルコ東部を支配したイスラム教国家では、孔雀の姿をしたマラク・ターウースは、黒く巨大な羽を持つ悪魔シャターンと同一視され、それを天使として信仰するヤジディ教は「邪教」とみなされる運命となったのです。
ヤジディ教徒の苦難の歴史
成立こそキリスト教やイスラム教よりも何百年も昔であったものの、「邪教」の烙印を押されたヤジディ教徒の歴史は悲惨なものでした。
ヤジディ教信者のほとんどはクルド人ですが、彼らは「国を持たない世界最大の民族」。
トルコやイラク、シリアなど、居住する各国で「少数派」として迫害される困難な状況が続いています。
各国ですでに「少数派」であるクルド人の中でも、ヤジディ教徒はさらに少数派。
クルド人全体を見ると多数派であるのは、ヤジディ教を邪教とみなすイスラム教徒であるためです。
クルド人&ヤジディ教徒という、いわば「少数派中の少数派」であった彼らを取り巻く状況は、1990年代以降にさらに悪化。
・90年代後半:サダム・フセイン政権(イラク)によるヤジディ教徒を含むクルド人全体の迫害
・2015年:イスラム国(ISIS)によるヤジディ教徒の虐殺
などの残虐行為の対象となり、それまで住んでいた地域を追われる人が続出。
迫害・虐殺を恐れたイラクやシリア出身のヤジディ教徒の一部は、住み慣れた地を離れて安全な場所に逃れようとしました。
多くの人々が目指したのが、すでにヤジディ教徒の人口が一定数あったアルメニアでした。
2015年のイスラム国(ISIS)によるヤジディ教徒大虐殺からちょうど100年前の1915年に、オスマン帝国による大虐殺を経験した国であるアルメニア。
少なからず似た歴史を持つ点も、ヤジディ教徒のアルメニアへの移動を後押しすることになったのかもしれません。
もともとエレバン西部地域には少数派のヤジディ教徒が居住しており、新しくやって来たヤジディ教徒も含めて、さらに大きなコミュニティーが形成されることとなったのです。
現在、アルメニアに居住するヤジディ教徒の数は、3万人~5万人ほどと言われており、総人口300万人程の小国においては大きな割合となっています。
もともとアルメニアに居住していたヤジディ教徒の母語はクルド語。
本来はアラビア文字やローマ字で表記されるクルド語ですが、ソ連統治時代を経験したアルメニアに居住するヤジディ教徒のクルド人の間でだけは、キリル文字で表記されます。
ジラット寺院内の石碑に刻まれているのも、クルド語のキリル文字表記。
世界広しといえども、キリル文字表記のクルド語はここアルメニアでしか見ることができない貴重なものです ▼
人口の多くがヤジディ教徒であるアクナリッチ村に、ヤジディ教の聖地として小さな礼拝堂が建設されたのは2012年のこと。
その後、当初の礼拝堂の横に大規模な寺院を建設する計画が持ち上がり、「世界最大のヤジディ教寺院」である白亜の建物が2019年に完成しました。
歴史的な価値こそほとんどないジラット寺院ですが、古代から現代まで苦難の歴史をたどってきたヤジディ教徒にとっては心の拠り所であり、迫害されることなく自身の信仰を深めることができる場所。
晴れた日には白亜の建物の背後にアララト山の雄大な姿が広がり、この場所の神聖さをさらに強いものとしてくれます。
ジアラット寺院の見どころ
ジアラット寺院の敷地に一歩立ち入ると、太陽の光を受けて真っ白に輝くお城のような建物に圧倒されるはず。
こちらが2019年完成のジアラット寺院の中心的な建物。
見る角度によって少しずつ異なった印象を与えてくれます。
先述の通り、太陽神ミスラが絶対神として信仰されるヤジディ教。
寺院の正面ファサードには、太陽をモチーフにしたレリーフが圧倒的な存在感を放ちます。
寺院入口の扉には、孔雀天使マラク・ターウースをモチーフにしたデザインが施されています ▼
寺院内に足を踏みいれると、多くの人はきっとこう思うでしょう。
「あれ?なんかガランとしてる?」と。
寺院内はドーム型天井を中心とした円形になっており、正面に祭壇があるだけのシンプルな造り。
宗教画が飾られていたり、蝋燭が灯されていたり…アルメニアの教会で一般的に見られるような光景は一切見られません。
ガランとした雰囲気の寺院内で唯一、宗教的な要素を感じるのが小さな祭壇。
黄金の孔雀の置物が飾られ、カラフルな布が置かれていました。
祭壇の裏側には、炎のようなオレンジ色に輝く石。(おそらく後ろから電気で照らしている)
その中央に孔雀天使マラク・ターウースの姿が描かれています。
どことなく不気味な印象を与える孔雀天使。
イスラム教において悪魔シャターンと同一視されたのも、なんとなく理解できるような気がします。
ジアラット寺院のすぐ西側には、小さな礼拝堂があります。
正面ファサードには太陽のレリーフ&屋根の上には黄金の太陽と、こちらも太陽神ミスラに捧げられたもののよう。
礼拝堂内部に入ってみると、こちらもガラリとした寂しい空間。
その中で旅行者を待ち受けていたのは、剥製にされた孔雀でした ▼
ヤジディ教において、孔雀は神聖な動物として崇められているはずですが、剥製にしてしまって良いのでしょうか…?
そのあたりも含め、まだまだ謎多き宗教だと実感します。
寺院の敷地の西側には、この地域に暮らしていたヤジディ教徒の墓地があります ▼
アルメニアの墓地はまだ数回しか見たことがないのですが、この墓地では故人の全身が縦長の墓石に描かれているのが印象的。
白亜の寺院とアララト山に見守られるように広がる小さな墓地。
壮絶な歴史を経験したヤジディ教徒の先人たちは、ようやくたどり着いた安寧の地で安らかに眠っているように思いました。
アクセス情報・プランニングのコツ
ジアラット寺院があるのは、首都エレバンから西に20kmほどの場所にあるアクナリッチ村(Aknalich / Ակնալիճ)。
村にはジアラット寺院以外の見どころは存在せず、観光に必要な時間は最大で1時間ほど。
エレバンからの日帰りが十分に可能ですし、近郊の世界遺産の町エチミアジン観光とセットでまわるのも◎
エレバン~アクナリッチ村間のアクセス方法は、大きく分けて2通りあります。
予算や都合に合ったものを選ぶのがポイントです!
①タクシー
最も簡単&効率的な移動手段が、エレバンでタクシーをチャーターしてしまうこと。
エレバン~アクナリッチ間の単純往復 + 観光時の待機時間で、1台5000AMD(=¥1127)ほどが料金相場です。
のぶよ的には、せっかくタクシーをチャーターするなら、通り道にある世界遺産・エチミアジンやズヴァルトノッツ大聖堂もセットでまわるのがおすすめ。
ジアラット寺院 + エチミアジン + エチミアジン をセットでまわる場合のタクシーチャーター料金の相場は、1台12000AMD(=¥2706)~ですが、交渉次第で上下します。
②マルシュルートカ
ジアラット寺院があるアクナリッチ村へは、エレバンを起点に個人でマルシュルートカ利用でのアクセスも可能。
アクナリッチ村終点のマルシュルートカは存在せず、さらに先にあるアルマヴィル(Armavir / Արմավիր)行きの便を途中下車することになります。
ここでは、個人でジアラット寺院へアクセスする人向けに、マルシュルートカでのアクセス情報を詳細に解説していきます。
エレバン→アクナリッチ村 (往路)
【①キリキア・バスステーションへ行く】
エレバン発着のマルシュルートカでややこしいのが、行き先によってバスターミナルが異なる点。
アクナリッチ経由アルマヴィル行きのマルシュルートカが発着するのが、エレバン中心街の西に位置するキリキア・バスステーション(Kilikia Bus statuon / 「セントラル・バスステーション」とも呼ばれる)付近です。
なぜ「付近」なのかというと、アルマヴィル行きの便はバスステーションの敷地内の発着ではないため。
バスステーションから幹線道路を挟んだ向かいにある駐車場からの発着となります ▼
【②アルマヴィル行き207番のマルシュルートカに乗車】
キリキア・バスステーション向かいの駐車場に到着すると、数台のマルシュルートカが停車しています。
アクナリッチ村を途中で経由するのは、アルマヴィル行きの207番マルシュルートカ。
時間帯にもよりますが、10分~15分に1本は出発しているので便利です。
【③アクナリッチ村入口で下車→徒歩】
エレバンを出発して40分ほどで、マルシュルートカはアクナリッチ村への分岐点付近を通過するので、運転手に言って降ろしてもらいましょう。
分岐点~ジアラット寺院までは、1.2km / 15分ほどの平坦な道を歩くだけ ▼
途中にはヤジディ教徒の人々が生活する民家が点在。
のどかな地方部の雰囲気を感じながら歩いていると、あっという間に白亜のジアラット寺院に到着です。
アクナリッチ村→エレバン(復路)
アクナリッチ村からエレバンに直接戻る場合は、往路でマルシュルートカを降りた③アクナリッチ村の分岐点の反対車線にあるバス停で待っていればOK。
10分~15分に1本はエレバン方面へのマルシュルートカが通過するので、手で合図して乗せてもらいましょう。
ジアラット寺院観光のプランニングのコツ
ジアラット寺院があるのは、世界遺産のエチミアジンやズヴァルトノッツ大聖堂と同じエリア。
「せっかくなら一日ですべてをまわってしまおう」と考える人も多いのではないでしょうか。
タクシー利用の場合は、3つの見どころを日帰りで観光するのも余裕なので、何も考えなくても大丈夫。
マルシュルートカ利用の場合でも、朝一番にエレバンを出発すればなんとか可能ですが、一つ注意点があります。
それは、エチミアジン~アクナリッチ村を直接結ぶマルシュルートカは存在しないこと。
先述のエレバン~アルマヴィル間207番マルシュルートカを途中乗車することになるのですが、207番マルシュルートカはエチミアジン中心街を通らないのがネック ▼
ズヴァルトノッツ大聖堂&エチミアジン観光後に、市内北部の幹線道路沿いへと徒歩で移動(約2km)し、10分に1本通る207番バスに途中乗車しなければなりません。
①エレバン発203番バスでズヴァルトノッツへ
②ズヴァルトノッツ観光→エチミアジンへ
③エチミアジン観光
④エチミアジン北部の幹線道路沿いバス停(上の画像内★)に徒歩で移動
⑤アルマヴィル行き207番行きのマルシュルートカに途中乗車
時間的にややタイトになる&盛りだくさんすぎる一日になるものの、限られた日程でより多くの見どころを個人でまわりたい人はやってやれないこともありません!
おわりに
旅行先としてはマイナーなアルメニア。
その中でもほとんど知られていないジアラット寺院の観光情報を解説しました。
正直、寺院がぽつりと建つだけの場所なので、建造の背景やヤジディ教に関する知識がないと「こんなもんか…?」と感じてしまうかも。
ぜひとも、ヤジディ教についてざっと理解してから訪れるのがおすすめです。
キリスト教の修道院や教会観光がメインとなるアルメニアで、少しテイストが異なる見どころを訪れたい人には良いと思います。
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